武相 困民党 発祥之地

ぶそうこんみんとうはっしょうのち

JR横浜線町田駅(JH23)から約500メートル南西に、鹿島神社と青柳寺が並んでいる。その中央の境界線の青柳寺側に、茶色の大きな石碑が建っている。

1880(明治13)年前後は未曽有の好況にわき、農村でも借金をしながら養蚕などによる現金収入の拡大を目指そうとした。しかし1883(明治16)年から突然デフレになり(いわゆる“松方デフレ”)、農村も不況のどん底に陥り、借金の返済は滞り業者の取り立てに苦しんだ。

この危機を打開するために農民は党を結び、金融業者に対して返済条件の緩和を求める大衆運動を組織した。これが「武相困民党」である。一時は150村にまで広がる大きな運動となったが、結局警察権力の弾圧により壊滅した。

困民党はこの他にも各地に結成されたが、中でも「秩父困民党」の運動はいわゆる“秩父事件”として有名である。映画「草の乱」の題材にも取り上げられた。なお、八王子市の安養寺境内には「困民党首領塩野倉之助之碑」がある。

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旧URL
http://hamadayori.com/hass-col/culture/BusoKonminto.htm

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南区上鶴間本町3丁目 付近