婦人 参政権 発祥之地
ふじんさんせいけんはっしょうのち
土讃線
参政権とは 選挙権(議員や自治体の首長などの選挙で投票する)と被選挙権(選挙に立候補する)などを指す。現在日本では 選挙権は 満 20歳以上 18歳以上の,被選挙権は 満25歳以上(参議院議員・都道府県知事は満30歳以上)の全ての男女国民に与えられているが,この制度は太平洋戦争後 昭和20年(1945) の法律改正によって取り入れられたもので,次のような経過をたどり,長い間性別や財産による差別が行われてきた。
- 明治11年(1878)
- 府県会規則により 初の地方議会選挙を実施。税金を5円以上納めている男子に制限。
- 明治22年(1889)
- 満25歳以上,国税15円以上を納めている男性に選挙権付与(制限選挙)
- 大正14年(1925)
- 納税条件を撤廃。満25歳以上の男性全員に選挙権付与
- 昭和20年(1945)
- 満20歳以上の男女に選挙権付与(普通選挙)
しかし 日本政府のこのような政策にもかかわらず,四国の高知では女性の選挙権が認められていた。
高知県はこの要求の受け入れを拒否したため,楠瀬は内務省にまで意見書を提出した。その結果,明治13年(1880) になり ,区町村会選挙規則制定が各区町村会に認められたため,上町町会では日本で初めて,戸主に限り女性の選挙権が正式に認められた。その後、隣の小高坂村でも同様に認められた。
しかし 明治17年(1884) になると,政府は区町村会法を改正し,規則制定権ガ区町村会から取り上げられ,参政権は男性のみと規定されたため,わずか4年間で女性の選挙権は消滅してしまった。
その後も喜多は女性解放運動を続けて“民権ばあさん”と呼ばれ,この地は婦人参政権発祥の地となった。
法改正により、平成28年(2016) から日本の選挙権は18歳以上となった
写真
碑文
婦人㕘政權
發祥之地沢田明子書
自由民権運動の高まりの中で明治11年(1878)楠瀬喜多は男女同権の理を論拠に投票を要求した 喜多の願った婦人の選挙権・被選挙権は2年後 土佐郡上町町会の闘いにより上町町会規則に既定 続いて小高坂村にも実現し権利が行使された「男女同権ハ海南ノ某一隅ニヨリ始ル」と当時の高知新聞は絶賛
先人たちの偉業を顕彰しここ上町町会跡に碑を建てる1990.4.10
婦人参政権発祥の地に記念碑を建てる会