バレエ 白鳥の湖 発祥之地
ばれえはくちょうのみずうみはっしょうのち
井の頭線 東松原から南西に300m。世田谷区立羽根木公園の北入口から西に150mほど進むと南側に「貝谷芸術専門学校」がある。学校の建物に向かって左手の学校事務所かと思われる建物の前に,白鳥の翼の中に貝谷八百子のレリーフがはめ込まれた,凝った形の記念碑が黒い台石の上に建っている。
貝谷八百子(大正10年(1921) ~ 平成3年(1991))は,昭和初期から活躍した日本を代表するバレリーナの一人。 エリアナ・パブロバに師事し,昭和13年(1938) に17歳で歌舞伎座において初公演。昭和15年(1940) には“貝谷八百子バレエ団”を結成した。
終戦1年後の昭和21年(1946),帝国劇場で行われた東京バレエ団の公演で「白鳥の湖」の全幕が演じられた。 貝谷は主役オデット役で出演。ダブルキャストで島田広・関直人・松尾明美 等との共演だった。これが日本における「白鳥の湖」の初演とされる。
この公演のリハーサルは この地 貝谷バレエ団の稽古場で行われたことを記念して,2007(平成19)年に発祥碑が建てられた。 記念碑の表面には「白鳥の 胸に抱かれて 夢永遠に」という碑文が彫られ, 裏面には「白鳥の湖」の初演メンバーの名前が記されている。
貝谷八百子にバレエを教えた アンナ・パブロバは,ロシア貴族の家に生れたがロシア革命のために母・妹と共に日本に亡命した,いわゆる“白系ロシア人”で,日本名は 霧島エリ子。1927(昭和2)年に鎌倉・七里ヶ浜にわが国初のバレエ教室を開き,妹と共に日本におけるクラシック・バレエの基礎を植えつけた。 パブロバの教室から巣立ったバレエダンサーには,貝谷の外に服部智恵子・東勇作・橘秋子・近藤玲子 等 日本を代表する人々がいる。
エリアナ・パブロバの死後 バレエ教室は妹のナテジタ・パブロバに引き継がれ,昭和57年(1982) に閉鎖された。 現在は 教室のあった場所に「日本バレエ発祥の地」レリーフが掲げられている。
平成26年(2014) にバレエ団建物が改築され、碑が道路から見えやすい場所に再設置されている。
写真
碑文
貝谷八百子先生記念碑
バレエ白鳥の湖発祥之地
白鳥の
胸に抱かれて
夢 永久に建立 貝谷典太
平成十九年八月九日
1946年昭和21年8月9日午後5時
「白鳥の湖」日本初演
帝国劇場
- 製作
- 東宝演劇部
- 企画
- 葦原 永了
- オデット
- 貝谷八百子
- 松尾 明美
- 王子ジークフリート
- 東 勇作
- 島田 廣
- 悪魔,ロットバルト
- 小牧 正英
- 皇后
- 服部智恵子
- パ・ド・トロワ
- 松山 樹子
- 平澤かほる 他、
- 演奏
- 東宝交響楽団
- 指揮
- 山田 和男
- 装置
- 藤田嗣治画伯
- 衣裳
- 真木小太郎
- 照明
- 橋本 義雄
- 舞台監督
- 田中 好道