夏期 大学 発祥の地
かきだいがくはっしょうのち
北陸新幹線・しなの鉄道 軽井沢駅から西に2km、日本大学軽井沢研修所(北佐久郡軽井沢町大字軽井沢(南ケ丘)1052-1)の敷地に、しっかりとした、でもやや古ぼけたような石碑がある。
夏期大学とは、主に夏休み期間を利用して特別講座や講演会、短期講習などを行う講習会および教育形態を指す。大学の正規授業の枠を超え、学外の受講生や学生に対して一般教養や専門知識を提供する場として開設された。
軽井沢が夏期大学の地として選ばれた最大の理由は、避暑地としての環境面にある。大正7年(1918) 当時、外務大臣であった後藤新平の発議により夏期大学が開講された。後藤は、都市部の暑熱を避けて学問に専念できる高原の自然環境に着目し、軽井沢を適地とした。日本大学は松岡康毅学長時代からこの事業に参画した。
昭和9年(1934) に日本大学が施設の委譲を受け、各校の研修施設として活用を開始した。その後、昭和51年(1976) 5月に規模を拡充し、現在の日本大学軽井沢研修所が建設された。設計が卒業生や指導者だったりしないかと思ったが、不詳。
なお、夏期大学設置にあたり、大正7年(1918) に後藤新平や新渡戸稲造らが中心となって立ち上げた「通俗大学会」の夏期大学構想において、軽井沢と並んで開設・検討された主な候補地もあった。
- 兵庫県 淡路島
- 長野県 北安曇郡
- 長野県 戸隠
- 長野県 野尻湖
これらの地域でも夏期大学が開かれたが、受講生の集まりやすさ、気候環境、実業家の野沢源次郎による土地・講堂・寄宿舎の寄付といった支援体制が整っていたことなどから、軽井沢での開催が定着し、長期にわたり継続することとなった。
日本大学軽井沢研修所は、大正9年に後藤新平(当時外務大臣)の発議で開講した夏期大学発祥の地である。昭和9年に日本大学に委譲され活用されたのち、昭和51年に研修所として新たに建設に至った。
— 亀井靖子 (@k_yasuko) July 26, 2026
今年が50周年の記念すべき年。#日大建築 #日大生産工 #亀井の建築散策 pic.twitter.com/HfWX74UJHj
写真
碑文
研修所建設記念碑
この地は 大正七年、当時外務大臣であった後藤新平伯の発議により、夏期大学が開講せられた所であるが大学は松岡康毅学長時代からこれに参画し、髙原の自然を背景とする新たな研修様式として広く世の視聴を集めた。すなわちわが国における夏期大学発祥の地である。
昭和九年日本大学がその施設の委譲を受け、以耒各校の研修に活用してきたのであるが、このたび全学の総意にもとづき、新たにその規模を拡充して、日本大学軽井沢研修所の建設を見るに至ったのである。
この施設を利用して研修される諸君は、建学の精神を体し、自主創造の気魄をもって、鋭意その実をあげられんことを切望する。昭和五十一年五月
日本大学総長 鈴木 勝
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