浅間高原レース 発祥の地

あさまこうげんれーすはっしょうのち

 
調査:
2006年5月(写真 H.O.さん)
2013年11月(写真 二輪文化を伝える会、H.O.さん)
2017年6月

しなの鉄道 中軽井沢駅の北 およそ10km。国道146号と 群馬県道54号の交わる“北軽井沢”交差点の南100mにあるコンビニ セーブオン ローソン北軽井沢店 の駐車場の隅に建つ。

この碑は かなり最近できたものらしい。平成17年(2005)の夏には存在していなかったようで、2006年の正月に行ったときに初めて気付いた。オイルステンのような塗料を塗った木が2本立てられて、そこに軟らかい材質の木の板が打ち付けられている。文字も彫り込んだものでなくただペンキで書いてあるだけ。すぐにダメになるのではないかと 気になる。

「浅間高原レース」とは“オートバイ耐久レース”のことである。

昭和30年(1955)に第一回が開催され、北軽井沢をスタート地点として公道を使った 全長19.2kmの日本最初の本格的ロードレースとなった。

レースの目的は国産オートバイの性能向上で、国内の18メーカーの 81台が出場し 熱戦が繰り広げられた。このレースに続き開催された昭和32年(1957)の第2回浅間火山レース、昭和34年(1959)の第3回浅間火山レースは公道ではなく、新しく造られた 浅間高原自動車テストコースで開催された。

これらのレース結果、日本のバイクの性能と信頼性は飛躍的に高まったとされる。当時活躍したバイクの車体は“浅間記念館”(ここから東に南西に約5km)に公開・展示されている。


平成24年(2012)10月現在,このコンビニは駐車場ごと改装されて,発祥碑は撤去されて消滅してしまった。いずれ再設置されるという話もあるようだ。


「浅間高原レース発祥の地」はリニューアルされて、平成25年(2013)10月に除幕式が行われた。

以前の碑が木製で、長い間風雨にさらされて見る影もなくなったため再建された。新しい碑は 旧碑の形を踏襲したもので、コンクリートの造形にステンレス板を貼り付け、碑文の書かれた中央のボードの上部には実物大のオートバイのモデルが飾られている。

碑はコンビニの駐車場の国道際に建てられているが、国道に面した側には何も書かれておらず、道路を通る車からはこれが何なのかわからない。不思議な設置方法である。また同じ駐車場内には、レースの「スタート地点」の碑もリニューアルされており、そこには「浅間高原レース スタート地点」「浅間高原レース発祥の地碑」と書かれた木の標識が建っている。


以前の説明に「実物大のオートバイのモデル」とあったが、誤りでした。600ccのオートバイと並べるとこのようなサイズ感です。

浅間高原レース発祥の地 600ccオートバイとのサイズ比較

また、「スタート地点」の木碑は、現在はコンビニの看板柱や電気自動車充電設備などに隠れて存在感が失われている。


セーブオンは平成30年(2018)年に全店閉店し、ローソンに転換された。

参考

写真

  • 浅間高原レース発祥の地(2006)
  • 浅間高原レース発祥の地(2006)
  • 浅間高原レース発祥の地(2006)
  • 浅間高原レース発祥の地(2013)
  • 浅間高原レース発祥の地(2013)
  • 浅間高原レース発祥の地(2013)
  • 浅間高原レース発祥の地:背面(2013)
  • 浅間高原レース発祥の地(2013)
  • 浅間高原レース発祥の地 (2017)
  • 浅間高原レース発祥の地 説明 (2017)
  • 浅間高原レース発祥の地碑に付いているオートバイモデル (2017)
  • X地点(浅間牧場入口交差点)(2017)
  • X地点(浅間牧場入口交差点)(2017)
  • 浅間高原レーススタート地点の木碑 (2017)
  • 浅間高原レーススタート地点の木碑 (2017)
  • 木柱にカッティングシート貼付は、長持ちしなさそう (2017)

碑文

浅間高原レース発祥の地碑

第一回全日本オートバイ耐久レース

一九九五年

戦後の輸出立国をめざしてバイクの性能向上をはかるため通産省委託事業として公道を使用した第1回浅間高原レース[第1回全日本オートバイ耐久レース]が1955年11月に開催された

5日
ライトウェイト級(250CC)
ウルトラライトウェイト級(125CC)
6日
ジュニア級(350CC)
シニア級(500CC)

長野原町
御宿 地蔵川  北軽井沢観光協会
NPO法人 浅間ミーティングクラブ

地図

地図

北軽井沢 付近 [ストリートビュー]