騎兵 第十四連隊 発祥之地
きへいだいじゅうよんれんたいはっしょうのち
京成本線 京成大久保駅から 北に800m、日本大学の生産工学部(習志野市泉町1丁目2-1)の正門を入って左手の図書館裏手に, いくつもの石碑類が建っており, その中に 「騎兵第十四連隊発祥之地」の碑がある。
この場所は 低い石塀を挟んで 隣の東邦大学と接しており, 「騎兵第十三連隊発祥之地」碑と 背中合わせとなっている。 発祥碑の手前には, 「騎兵第十四連隊之跡」と書かれた金属の碑と, その隣に 上半分が欠けた「騎兵第十四連隊之跡」と刻まれた 古い石碑が並んで建っている。この欠けた上部に刻まれた字句もサイズも不詳。
新しい金属製の碑に添えられた説明文によると, 昭和43年に日本大学が新しい建物を建てようとした時に地中からこの石碑が発見され, 騎兵十四連隊のものと判明したため, 新たに金属製の碑に複製した,ということのようである。
写真
碑文
騎兵第十四聯隊發祥之地
武田恒徳
昭和六十一年十月二十六日建之
騎兵十四聯隊会
碑誌
騎兵第十四聯隊ハ畏クモ明治天皇ヨリ軍旗ヲ 親授セラレテ明治三十四年十一月創設サレ此 ノ地習志野ニ駐屯シタ
明治三十七年日露戦争ガ勃発スルヤ満州ニ出 征シ沈旦堡ニ於イテ勇戦奮闘シテ克ク騎兵ノ 精華ヲ発揮シタ
戦終ッテ此ノ地ニ帰還シ練武ニ精励シタガ昭 和七年六月満州事変ニ出動シ其ノ後此ノ地ニ ハ戦車第二聯隊ガ駐屯シタ
騎兵第十四聯隊ハ満州ニ於イテ夏季豪雨ニヨ ル泥濘ヲ冒シテ馬占山討伐等ニ従軍シ同年冬 広漠タル厳寒ノ北満ホロンバイルニ進出シ海 拉爾周辺ニ駐留シテ六年に亘リ満ソ国境守備 ノ重責ヲ遂行シタ
昭和十三年六月騎兵集団ニ出動命令ガ下リ其 ノ隷下ニアッタ聯隊ハ海拉爾ヨリ長駆河南省 帰徳淮陽方面ニ進撃次イデ蒙彊地区ニ転戦シ 昭和十七年十二月機甲兵団ノ新設ニ伴ヒ包頭 附近ニ於イテ機動歩兵第三聯隊ニ改編セラレ 戦車第三師団ニ属シテ再ビ河南省ノ鄭州洛陽 周辺一部ハ遠ク湘桂方面ニ作戦シ赫々タル武 勲ヲ挙ゲタ
此ノ兵営跡ハ昭和二十九年日本大学ノ敷地ト ナッタガ大学御当局ヨリ深イ御理解ト温カイ 御厚意ヲ戴キ有志相図リ幾多先輩戦友ノ偉勲 ヲ偲ビツツ此処騎兵第十四聯隊発祥ノ地ニ此 ノ碑ヲ建テ我ガ聯隊ノ事績ヲ永ク伝エヨウト スルモノデアル昭和六十一年十月二十六日
騎兵第十四聯隊会