近代教育 発祥の地

きんだいきょういくはっしょうのち

中央線・地下鉄 御茶ノ水駅、地下鉄丸ノ内線 本郷三丁目駅の間、本郷通りと蔵前橋通りの分岐点近くから北に入ったところに日本サッカーミュージアムがある。サッカーミュージアム敷地北側角の歩道に、旧地名である「湯島」を簡単に解説した表示が立っているのだが、いわれを否定するのみで肝心な地名の由来についてははっきりわからない。

その説明の文末を、近代教育発祥の地であることを地味に宣言して結んでいる。

近所のおなじ湯島地域に、もう一つ類似の内容を述べた表示がある。

写真

  • 近代教育発祥の地

碑文

旧町名案内
 湯島ゆしま


(昭和40年までの町名)

和名抄わみょうしょう』に、武蔵国むさしのくに豊島郡としまぐん湯島郷ゆしまごうとあり、また由之万ゆしまともある。また、『北国紀行ほっこくきこう』に由井島ゆいしまとある。

文政町方書上ぶんせいまちがたかきあげ』には、湯島の名称はむかし温泉がわいたからとあるが、これは疑問である。不忍池しのばずのいけは海であったから、湯島は島のようであったことは考えられる。

旧湯島1丁目から6丁目までは、中山道なかせんどうの街道筋として古くから開けた古町こちょうである。古町とは寛永かんえい年間(1624〜44)までに開けた町で、新年には将軍に目通めどおりなどの特典が与えられた。

旧2丁目には湯島聖堂せいどう(現存)、隣の旧3丁目には昌平黌しょうへいこうがあった。明治になると、師範学校、高等師範学校がおかれ、ここは近代教育の発祥の地となった。

文京区

地図

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サッカーミュージアム 付近 [ストリートビュー]