日本 近代 酪農 発祥の地
きんだいらくのうはっしょうのち
札幌市営地下鉄東西線 菊水駅の南東500m。のぎく公園に隣接した「菊水やよい児童会館」の前に、白石区役所が建てた“白石歴・しるべ”「日本近代酪農発祥の地」がある。
宇都宮仙太郎氏がこの地に宇都宮牧場を開いて近代的な酪農経営を確立した経緯は碑文に書かれているが、この人物は「北海道酪農の育ての親」とも呼ばれ、後に雪印乳業となる「酪連」の創立者の一人でもある。
写真
碑文
白石歴しるべ
日本近代酪農発祥の地――宇都宮牧場跡
明治35年(1902)から昭和2年(1927)までの25年間、ここに広さ20ヘクタールの宇都宮牧場があった。
大分県生まれの宇都宮仙太郎は、明治18年に牧場経営を志して北海道に渡った。札幌県立真駒内牧場での実習で不足な分は英語の文献を読み、さらに理解を深めるためにアメリカに留学した。帰国後の明治35年に上白石村(今の菊水1~3条3~5丁目、東札幌1~2条1丁目付近)でサイロなどをもつ本格的な牧場を開き、近代的な飼育、牛乳販売、バター製造などを開始した。民間人初の種牛輸入による品種改良、共同組合方式の資材調達、本格的なバター製造など、どれ一つとっても時代の先端をいくもので、日本の近代酪農の基礎を築いた。仙太郎は全国から慕って来る後継者を育て「日本酪農の父」と呼ばれ、アメリカに留学してホルスタインの品種改良に務めた長男の勤は「日本ホルスタインの父」と呼ばれた。
1998.3 白石区役所