駒井氏 発祥ノ地

こまいしはっしょうのち

東海道本線 栗東りっとう駅の西。新堂中学校東側の集落の北にある小さな神社 建分明神社(草津市集町あつまりちょう523)に碑が建つ。

駒井氏は代々六角氏の旗頭を務めていた。応永元年(1394)にこの一帯を与えられ駒井城を築いたが、詳細な場所や規模についての記録は無い。当地に不自然な土盛り等がみられ、城郭だったのかと推測する程度。永禄12年(1569)駒井秀国の時、織田信長によって攻められ落城したきり再建されることはなかった。

参考にしたサイトによると、碑文には矛盾があることを指摘している。

高郷は、応永元年(1394)に近江国駒井荘を与えられたとされ、駒井城もこのときに築かれたものと推測される。現地の駒井氏発祥ノ地碑には「応永の乱の功により」とあるが、応永の乱は同六年(1399)のことであるため、時系列的な矛盾が生じる

出典:古城址探訪 > 滋賀県の城 > 駒井城

写真


碑文

駒井氏発祥ノ地

宇多天皇二代敦実親王を祖とする近江源氏佐々木家管領満高十九代二男 駒井石見守高郷 応永の乱の功により応永元年一三九四年駒井荘六ヶ村を領し集村に駒井城を築城し駒井を称し駒井氏の元祖となる

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