湯川一族 発祥之地
ゆかわいちぞくはっしょうのち
熊野古道 湯川王子 鳥居脇にに小振りな碑が立つ。
紀南に勢力を広げた湯川氏一族の発祥地とされる場所である。熊野古道中辺路沿いの道湯川集落跡に位置し、湯川王子や湯川一族の墓が伝わる地域である。
湯川氏は、戦国時代に日高郡を中心として紀南に勢力を誇った武家である。その一族の起源を伝える場所が、熊野古道の道湯川である。和歌山県の案内によれば、湯川王子周辺は湯川氏の発祥地とする伝承があり、湯川一族の墓もこの地に伝わっている。
道湯川は、古くから熊野詣の宿場として重要な役割を果たした。建仁元年(1201) には、後鳥羽上皇の熊野御幸に随行した藤原定家の日記『後鳥羽上皇熊野御幸記』に「湯河宿所」と記されている。承元4年(1210) には、修明門院の熊野詣に随行した藤原頼資の日記『修明門院熊野御幸記』にも、この周辺で休憩したことが記されている。
応永34年(1427) には、足利義満の側室・北野殿が熊野詣を行った際、「奥の湯川」を称する豪族が兵を従えて接遇したと記録されている。これにより、室町時代には湯川の地に有力な一族が存在していたことが分かる。
道湯川集落跡の発掘調査では、鎌倉時代から昭和31年(1956)まで、約750年にわたり宿場や休憩所として栄えた集落の跡が確認された。中世の宿所に関連する建物跡も発見されている。
今日は熊野古道。良い写真が撮れなかったが、何かと見どころ多かった。5年前の水害は、熊野古道にも大きく影響してて、山にヒビがいっていて迂回路を歩くとか、その迂回路も一部大きく崩れてる部分を目の当たりにしたり。物凄く山深い中に集落の跡が点在してたり。写真は湯川秀樹の湯川一族発祥の地 pic.twitter.com/sIwZuN6sxZ
— こうかん (@koukan88) November 26, 2016
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湯川一族発祥之地
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