柳澤氏 発祥之地(群馬)
やなぎさわしはっしょうのち
上越線 群馬総社駅から東に4.5km、県道25号 高崎渋川線と高崎渋川線バイパスが交わる上宿交差点に行人塚があり、樹勢が衰えることをしらない高さ30mはあろうかという大ケヤキの根元に、控えめな石版が設置されている。
当地は柳澤氏の墓所だったようで、さらに行人塚ともなっているとのことだ。墓所は、高渋線が拡張したり、高渋バイパス建造の影響で常仙寺に移転し、行人塚と大ケヤキと石版の3点セットだけが残されている。
このことだけでは、柳澤氏が当地に発祥したということについてはよくわからない。
なお、行人塚の大ケヤキはとくに行政による記念物的な指定も支援も無かったようで、令和2年(2020) 1月に伐採され、すっきり明るくなった。根元は祈念碑のように残され、防腐処理され、往年の姿を想像させる。
写真
碑文
金子上宿行人塚
柳澤氏発祥之地
碑建立委員
委員長 柳澤本次
副委員長 (以下芳名略)平成二十七年三月二十一日
曹洞宗金陽山常仙寺
柳澤家菩提寺住職
佐藤達金
行人塚と大ケヤキ
ここ柳沢氏共同墓地の辺りは、金古宿の北端に位置し通称木戸際と呼ばれます。ケヤキの巨木が繁る小さなこの塚には行人塚の伝承があります。行人塚とは、生きながら埋葬されて入定し即身成仏(人間が現世の肉体のままで仏になる)となった行者を慰霊した塚のことで、塚の上にある宝篋印塔(ほうきょういんとう)には、「真岩常正居士 寛文二壬寅(一六六二)天四月初三日」と刻まれています。
真岩常正居士は、山岳信仰の霊場羽黒山(山形県)に数回も登山した修験者で、生き仏になるため入定後二十一日間も埋められた中から鉦の音が聞こえたと伝えられます。
塚の傍らの大ケヤキは、目通り約6m、樹高は30mほどもあり、入定塚の造られた頃には植えられていたと思われます。樹齢は二百五十年くらいと推定され、町内では最大の樹木と思われます。
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