毛利氏 発祥の地
もうりしはっしょうのち
小田急線 厚木駅から 西北西におよそ3km。バス停「旗谷下」からやや西寄りの 南側に三島神社(厚木市下古沢658)があり、この境内に大きな石碑が建つ。
鎌倉幕府の創設期に政所別当を務めた大江広元がこの地を領有し、その四男である毛利季光が遺領として引き継いだ。季光が領在地名にちなんで毛利姓を名乗ったことが、のちに中国地方を統治する戦国大名毛利氏や長州藩主毛利氏の起源となった。
現在、厚木市下古沢にある三島神社は毛利季光の屋敷跡の一角とされ石碑が建立された。また、周辺地域には「毛利台」や「南毛利」といった地名や学校名が今も残っており、歴史的なつながりを示している。
厚木市も この辺まで来ると“農村地帯”という雰囲気になる。1日に3~4本しかないバスに乗り, ほとんど人通りのない道路を歩いていると, 自分がどこにいるのか不安になる。
写真
碑文
毛利氏発祥の地
毛利季光屋敷跡
毛利氏は、源頼朝が開いた鎌倉幕府の功臣であった大江広元(1148~1225)からでている。
大江広元は、頼朝の政治を補佐し、特に守護頭の設置を献策したことで知られている。
これらの功により、現在の厚木市小鮎・荻野・南毛利地区などを中心とした「相模毛利庄」をはじめとした多くの所領が与えられた。
広元には六男五女の子供があり、四男の季光(1202~1247)が後を継ぎ、庄名をそのまま苗字として、毛利季光と名乗った。
季光は毛利元就(1497~1571)や毛利輝元(1553~1625)の先祖であって、大江氏流毛利氏の始まりである。
季光が居住した屋敷は、遺物等に残っていないものの、地域伝承や古い地図、古い地名などから、ここの三島神社を中心とした一画にあったと伝えられている。
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