日本の 珈琲文化の嚆矢
にっぽんのこーひーぶんかのこうし
厳島神社を擁する宗谷公園(稚内市宗谷村宗谷)。細長い公園の隅に、コーヒー豆を象った石碑がある。
写真
碑文
津軽藩兵詰合記念碑
この碑は、文化4年(1807)幕府による蝦夷地越冬警備のさい、厳冬下で次々と浮腫病に斃れていった数多くの津軽藩兵を悼むとともに、その後、安政2年(1855)再び蝦夷地警備に赴いた藩兵達には、浮腫病の薬用として「和蘭コーヒー豆」が配給されていた事実を記念するためのものである。
珈琲を飲めずに逝った人々と、薬として大事に飲んだであろう先人達の辛酸を、単に歴史の一齣として忘却するには忍びがたいし、その体験は日本の珈琲文化の嚆矢としても貴重である。
茲に、その偉業と苦難の歴史を後世に伝承すべく、ゆかりの地・宗谷に珈琲豆を象った記念の碑を建立することとした。
1992年9月16日
宗谷岬に津軽藩兵詰合の記念碑を建てる
実行委員会会長 成田 専蔵