聖書 学院 発祥の地
せいしょがくいんはっしょうのち
中央本線緩行線 大久保駅から西に約1km、日本ホーリネス教団東京中央教会(新宿区北新宿1丁目24-12)前に小振りな案内看板がある。当地、旧 淀橋町柏木には、キリスト教の牧師養成機関である聖書学院が存在した。
聖書学院は 明治34年(1901) 、チャールズ・カウマンや中田重治らによって神田神保町に創設された。その後、機関の拡大に伴い、 明治37年(1904) に柏木の地に9,900㎡の土地を入手してその働きを移した。この移転により、同地は本格的な活動および宣教の拠点となった。
太平洋戦争を経て、戦後は車田秋次が東洋宣教会の協力を得て、同地に「東京聖書学院」を開校した。この学校は、牧師等の神の働きに奉仕する人材を養成・訓練する場として用いられた。
創設から約60年に亘り牧師養成の場として機能し続けたが、 昭和38年(1963) に990㎡の土地を残して東京都東村山市へと移転した。
また、この柏木の聖書学院は、日本のプロテスタント教会だけでなく韓国のキリスト教史にとっても重要な拠点である。当時、朝鮮半島から渡った김상준(金相濬)や정빈(鄭彬)などの留学生がここで神学を学び、帰国後に韓国ホーリネス教会(聖潔教会)の基礎を築いた。そのため、同地は韓国の教会開拓のルーツともなっており、現在設置されている案内看板には日本語と英語とともにハングルが併記されている。
新宿区北新宿1丁目の聖書学院発祥の地。 pic.twitter.com/ALt01SMnCm
— A.Tabata (@otorchan) July 31, 2022
写真
碑文
聖書学院発祥の地
1901年、チャールズ・カウマン、中田重治らによって神田神保町に創設された「聖書学院」は、この柏木の地に9,900㎡の土地を入手し、1904年、その働きをここに移した。
戦後、車田秋次は、東洋宣教会の助けにより、この地に「東京聖書学院」を開校。1963年に990㎡を残して東村山市に移転するまで60年に亘ってこの地は牧師養成の場として用いられた。성서학원은 1904년 이곳에 9,900㎡의 땅을 입수하고 본격적으로 활동을 개시하였다.
1963년 히가시무라야마로 이전하였다.Tokyo Biblical Seminary moved from Kanda to this location in 1904, and started its ministry to train God's men and women for His ministry.
The school moved to Higashimurayama in 1963.
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