しめ縄 発祥の地

しめなわはっしょうのち

吉都きっと線 日向前田駅から北北東に2Km。日向前田駅から県道414号を北上し、高原町との境界近く、霞神社(西諸県郡高原町後川内1553)の麓に白龍神社という小さな神社がある。周辺の白龍神社の案内看板に「しめ縄発祥の地」の文言が書かれており、神社に掲げられたいくつもの説明板にもそれぞれ「しめ縄発祥の地」と書かれている。

しめ縄の起源は、天照大神が天の岩戸から引っぱり出された時、再び天の岩戸に隠れてしまうことがないように入口にしめ縄を張って戸を塞いだことにはじまるとされている。つまりしめ縄は結界(聖なる領域と俗なる領域を分けるために区切られた区域=神聖で不可侵な場所)に張り巡らすものである。

これが拡大されて、五穀豊穣・商売繁盛・家内安全などを祈願する意味をも表すようになった。

太い縄を縒り合わせるというしめ縄の形については、“蛇の交尾の姿”である、という説がある。蛇の交尾は濃厚で、雌雄がのたうち回りながら数時間以上をかけて縄のように絡まり合い撚り合わさって、交尾しながらさらに数時間から数十時間のたうつという。

ここ白龍神社がしめ縄発祥の地と呼ばれるようになった経緯は、神社の説明板の一つに詳しく書かれていた。

写真

  • しめ縄発祥の地
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碑文

しめ縄発祥の地

 古来より,神前やお正月玄関にお飾りするしめ縄は「神様が栄えるお姿」と言うわれている「白ヘビさまの交尾のお姿」から発祥したものだと言われ,また「夫婦のお姿」を現しているとも言われております。 平成11年5月23日「神様が栄える」と言われている「白ヘビさまの交尾のお姿」(しめ縄のお姿)が当神社で発生し,めったにお目にかかることのできない珍しく貴重なお姿であり,日本で初めて撮影に成功したものであります。
それ以来「しめ縄のお姿の発祥の地」とも呼ばれ当神社の「守り神様」として常時祀ることとなり,この日を祈念いたしまして「毎年5月23日を大祭日」と決定し,合同祈願祭を執り行っております。

しめ縄の発祥の地

 ここの白蛇さまは平成元年頃、ある住職の方が高隈(たかくま)山の麓で保護され平成二年頃から、霞山中腹の参道沿いにて自然の神さまとして祀られており、古来より白蛇さまは、金運の神さまとして崇められております。また、商売繁盛、家内安全、無病息災、縁結び、子宝、その他色々なお願い事をかなえて下さると言われております。
 平成十一年五月二十三日、当神社内で白蛇さまが交尾なされており、めったにお目にかかることでのできない珍しいお姿だと思い、日本で初めて撮影に成功したものでありその写真を神社内に展示しておりましたところ、ある日、行脚中のお坊さまが、この白蛇さまの交尾のお姿の写真を見て「ああここに神仏の栄えるというお姿が誕生しておりましたが。」と言われ、念仏を唱えられて、また「しめ縄は白蛇さまの交尾のお姿から発祥したものですよ。」とありたがいお言葉をいただき、当神社は「しめ縄の発祥の地」と言われることとなりました。「白蛇さまの交尾のお姿は意匠登録第三〇六五二五号」として登録されております。」
 またお正月にお供えする鏡餅の由来は白蛇さまのとぐろのお姿を形どったものと言われており、本年も家庭が円満に事が丸くおさまりますように.そして先祖代々家が益々栄えていきますようにとの意味がこめられて段々にお餅を重ねてお供えするものと言われております。
 平成二年ごろから霞山中腹参道沿いに祀られていた自然の神、白蛇さまへ全国各地から多くの方々がご参拝して下さりご利益のお礼金や奉納金を沢山頂き、ここに厚くお礼申し上げます。
 こうした参拝者の方々のご厚意をもとにして、平成十四年十二月一日霞山参道入口の左へ、神社、白蛇さまの祠、観音さま、四国八十八ヶ所のレプリカ(神社内)その他の設備等の新設をすることができました。また、都城市の障害福祉課の方へ車椅子を十台ずつ三年間寄贈することとなりましたので、ここにご報告申し上げます。
 今後も参詣者の方々に少しでもご利益が授かりますように、御守り、商品等を御買上下さった方々には、ご希望される御祈願、厄払い等を生きた白蛇様にて当神社独自のお祓いを無料にてご芳志させて頂きます。
 神社内は冷暖房の管理がなされており、一年中生きた白蛇さまを無料にて拝観することができます。
ご自由にお入り下さい。

       平成十七年十二月吉日
           自然の神  白ヘビさま
                  白龍神社

地図

地図

高原町後川内 付近 [ストリートビュー]