高砂香料 創業の地

たかさごこうりょうそうぎょうのち

JR京浜東北線 蒲田駅の東250m。“ニッセイアロマスクエア”の北東側の植え込みの中にプレートが 台石上にはめ込まれている。

高砂香料は 日本最大の香料メーカー。1920(大正9)年に この地東京・蒲田に創業,香料の製造販売開始した。
1937(昭和12)年から翌年にかけて,本社を台湾(台北)に移転し,社名も「高砂化学(株)」に変更。
1945(昭和20)年,敗戦に伴い 台湾にあった本社・工場が台湾政府の管理下に入った。
1948(昭和23)年に 日本に販売会社として「高砂香料(株)」を設立し,
1951(昭和26) 高砂香料(台湾)と高砂化学(東京)を合併して,「高砂香料工業(株)」(本社:東京)と改称して現在に至っている。

ここ“アロマスクエア”は“松竹蒲田撮影所”があった場所で松竹映画発祥の地もある。1920(大正9)年から1936(昭和11)年まで撮影所として使用されたが, 近隣の町工場の騒音が撮影に支障をきたすようになったため閉鎖され,大船撮影所に移転。跡地は 高砂香料に工場として売却され,さらに工場閉鎖後 大田区と日本生命が共同で再開発し, 複合施設“ニッセイアロマスクエア”として1998(平成10)年に竣工した。 敷地面積は 約2万平米。高砂香料工業も出戻り、本社がここに入っている。

なお、当敷地周囲の公開空地は、当施設や近隣のみなさんの喫煙所となっていて、貧乏くさい。

写真

  • 高砂香料創業の地
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  • 高砂香料創業の地
  • アロマスクエアビル
  • たばこを吸うおじさんたちがいつも屯している
  • 高砂香料創業の地(2017)
  • 高砂香料創業の地(2017)

碑文

高砂香料創業の地

 高砂香料は1920(大正9)年2月9日, この地で創業しました。
 創業者甲斐荘橘香は1910(明治43)年, 香料研究のため渡欧。南仏・グラースとスイス・ジュネーブで合成香料の研究に従事し,帰国後,甲斐荘は技術者十数名と日本最初の合成香料製造会社・高砂香料を興しました。
 以来,「技術立脚」を企業理念とした高砂香料は,世界有数の総合香料会社へと発展し,グローバルな活動をつづけています。
 香料(アロマ)は人類の歴史とともにあり,永遠かつ世界共通の文化・商品であり,平和のシンボルといえます。 香りを楽しむ豊かな暮らし,それは高砂香料の願いです。

1998年10月 高砂香料工業株式会社

地図

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蒲田5丁目 付近