安積発祥

あさかはっしょう

 
調査:
2020年12月(写真 まさ・なち さん)

東北新幹線・東北本線・磐越西線・磐越東線のターミナル 郡山駅の西600m、安積国造神社あさかくにつこじんじゃ(郡山市清水台1丁目6-23)東の参道から鳥居の正面、稲荷社の手前の石段に、大きな岩に並んで石碑が立つ。

写真

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碑文

安積発祥

平成二十二年九月吉日

郡山総鎮守・安積発祥之宮
安積あさか国造くにつこ神社

ご祭神
和久産巣日神(わくむすびのかみ)
五穀豊穣の神。伊勢神宮外宮豊受大神の御父神
天湯津彦命(あまのゆつひこのみこと)
比止禰命の祖神。
比止禰命(ひとねのみこと)
安積国の開祖。
誉田別命(むだわけのみこと)
第十五代応神天皇、八幡大神。
安産、子どもの成長、厄除け、交通安全等に御神徳が著しい。
倉稲魂命(うかのみたまのみこと)
稲荷大神。五穀豊穣、商売繁盛の神。
ご由緒

天湯津彦命は河内国河上の哮峰(いかるがみね)に天降りされた神で、安芸国道・安積国造等の祖神であられます。その十世孫の比止禰命は、第十三代成務天皇五年(一三五)、勅命により安積国造に任ぜられ、安芸国からはるばる当地へ来られて荒野を開かれました。そのとき、赤木山(現在の赤木町)に安積国宗廟として和久産巣日神、天湯津彦命をお祭りしたのが本神社の起源であります。
古の安積国は、現在の郡山市及び旧安達・田村両郡にわたる広大な地域でした。安積国開祖の神として大きな功績を残された比止禰命は赤木山の宗廟に合祀され、国造神社と号しました。
延暦年中、坂上田村麻呂将軍は東征の砌、国造神社に宇佐八幡大神を合祀し、軍旗と弓矢を奉納しました。源頼朝は東征の折戦勝祈願し、義家は神領を寄進しました。
天和三年(一六八三)、八幡大神が赤木山の国造神社から稲荷大神が中世安積領主伊藤摂津守城内からこの清水台の地に奉遷されました。明治五年(一八七二)、赤木山の国造神社が此の地へ奉遷され、三社を合祀しました。郡山総鎮守、旧社格は県社。
儒学者安積艮斎先生は、寛政三年(一七九一)、本神社第五十五代宮司安藤親重の三男として生まれ、江戸に出て佐藤一斎に学び、私塾を開きました。幕府の昌平坂学問所教授を務め、東野安積艮斎、西の齋藤拙堂と称えられた大儒であります。門人三千名の中から、小栗上野介、吉田松陰、岩崎弥太郎、前島密はじめ二百名にのぼる偉人が輩出しています。本神社が所蔵する艮斎自筆の門人帳は、福島県重要文化財に指定されています。

地図

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清水台1丁目 付近 [ストリートビュー]