安積 開拓 発祥の地

あさかかいたくはしょうのち

東北線 郡山駅の西、安積あさか開拓と安積疏水についての展示をする郡山市開成館(郡山市開成三丁目3-7)敷地内の開成館前に、行幸記念碑にならんで開拓発祥の地碑が建つ。この開成館は2代目で、区会所(役場)として1874年(明治7年)8月に建設された擬洋風建築。

戊辰戦争に敗れた影響で困窮する二本松藩の士族を救済するため、福島県は1872年(明治5年)広大な安積原野の開成地区(当時 大槻原)の開墾を始めた。一般農民の入植募集も同時に進められたが総定数に達することなく、一時は囚人による開墾も想定されたものの、郡山商人に開墾参加を呼びかけ、1873年(明治6年)に、福島県と商人らによって開成社が組織され、開成社が出資して小作人を募り開墾事業が推進された。

1876年(明治9年)には、明治天皇東北行幸において開成館は行在あんざい所として利用された。行幸に随行した内務卿 大久保利通らに有用性を見出され、国の事業として全国から旧士族が入植させられ安積の開墾が進められた。なお、同年、現在の中通り地方の旧福島県は、浜通り地方の磐前いわさき県と会津地方の若松県と統合されて現在の福島県の形となった。

開拓の中心地だった福島県開拓掛事務所であった開成館が建てられた当地は、開拓発祥の地として1992年(平成4年)に郡山市史跡に指定された。

写真

  • 安積開拓発祥の地 説明板
  • 安積開拓発祥の地
  • 開成館
  • 安積開拓発祥の地 背面

碑文

郡山市指定史跡 安積開拓発祥の地

平成四年三月二十一日指定
平成六年十二月二十一日設置 郡山市教育委員会

郡山市指定史跡

安積開拓発祥の地

平成四年三月二十一日指定

開成三丁目の市道「開成三丁目七号線(通称・麓山通り)」の一帯は安積開拓において中心的役割を果たした地域です。
明治六年に入植が始まった「安積開拓」も旧福島県による開拓、開成社による開拓、明治政府の直轄事業による開拓等がありますが、そのいずれの事業においても「福島県開拓掛(後の開拓課出張所)」がその中心でした。
この地には「旧福島県第十区(後の第七区)会所」と共に「開拓掛」が併設されていた「開成館」と開拓掛の職員のための「官舎」が保存され、当時の様子がしのばれる地域です。
「開成館」「官舎」が安積開拓に果たした役割から郡山市指定史跡に指定されました。

指定地
郡山市開成三丁目六六・六八・六九−一・一八二−一板地
面積 計 五、三〇四㎡

郡山市教育委員会

地図

地図

郡山市開成三丁目 付近