越前の大名 朝倉氏 発祥の地

えちぜんのだいみょうあさくらしはっしょうのち

朝倉氏発祥地、養父市八鹿町朝倉地区は、とくに大きな観光開発をしたわけでもなく、広くない生活道路がが入り組んでいる。集落の中を進むと指定文化財宝篋印塔ほうきょういんとうがあり、そこから朝倉城への上り口に説明板が建っている。

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写真


碑文

越前の大名 朝倉氏発祥の地

養父市指定文化財 朝倉城跡 昭和四十三年七月三十一日指定
養父市指定文化財 宝篋印塔 昭和四十三年七月三十一日指定

養父市八鹿町朝倉は福井市の一乗谷いちじょうだにに城下町を作った大名朝倉氏の発祥の地です。孝徳こうとく天皇の皇子、表米ひょうまい親王を始まりとし、平安時代末期に地名を名字として武家の朝倉氏が興りました。みなもと頼朝よりとも御家人ごけにんとなった朝倉高清を初代とし、一族から八木氏、宿南氏、奈佐氏などの多くの武将を輩出しました。

朝倉城は集落の南西の丘陵上にあり、東西一九〇㍍、南北一一〇㍍の規模です。天正五年ころに堀切ほりきり竪堀たてぼりで改修し、守りを固めています。城主は朝倉大炊おおいです。

宝篋印塔ほうきょういんとうはお経を収めた供養塔です。石材は凝灰岩ぎょうかいがんで高さは二三〇㌢、塔身に月輪と金剛界四仏の梵字を刻んでいます。室町時代、一五世紀ごろの造立です。

この地は、トゲがなく風味と香りに優れた朝倉山椒さんしょうの原産地です。慶長一六年、生野奉行は駿府すんぷ城の徳川家康に朝倉山椒さんしょうを献上しています。朝倉の地名が様々な由緒を育み、歴史の伝統と重みを現在に伝えています。

平成二十六年九月

朝倉区・養父市教育委員会

地図

地図

養父市八鹿町朝倉 付近 [ストリートビュー]