ガス焼き台 発祥の館
がすやきだいはっしょうのやかた
大阪メトロ 千日前線・今里筋線 今里駅から南に750m、近鉄奈良線・大阪線 今里駅から西に1km、大阪環状線・近鉄 鶴橋駅から東に1km、隣に「有限会社旭進ガス機製作所」、さらにその隣は「㈲旭進ガス器製作所」が並ぶ左端の建物の壁に描かれている。以前は「9㈲旭進ガス器製作所」の看板が掲げられていたが、いつのまにか無くなった。
大阪の生野区や千日前周辺の地域は、大正時代から昭和初期にかけて、たこ焼き・お好み焼き・焼き肉などの業務用調理機器(鉄板や銅板の焼き台)を開発・製造する町工場が集積してきた。
㈲旭進ガス器製作所(大阪市生野区中川西1-14-11)は、創業大正4年(1915)。燃料としてガスが一般化するまでは豆炭や練炭などが主流だった。ガスが普及し始めても都市ガスには設備の初期投資が大きい。しかしLPガスの登場により、ボンベをつなげば家庭でも出先でも安定した火力が得られることで、昭和30年代後半以降(1960年代)にはLPガス市場が拡大した。
そこに目を付けた旭進ガス器製作所 吉村敏夫は、日本で初めてお好み焼き・たこ焼き用のガス焼き器を開発、販売したとされる。
なお、旭進ガス器製作所はたんに器具を製造販売するだけでなく、購入者には焼き方や配合などの相談にも乗ってくれる人情味溢れる企業のようだ。
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— キムラタカシ (@jinya_kim) August 19, 2026
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碑文
ガス焼き台発祥の館
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