北野高等学校 発祥の地

きたのこうとうがっこうはっしょうのち

画像求
撮影:
どなたか見てきてください!

大阪地下鉄 御堂筋線・中央線・四つ橋線 本町ほんまち駅13号出口から南に300m、真宗大谷派 難波別院 南御堂みなみみどう(大阪市中央区久太郎町4丁目1-11)敷地南側のちょっとした獅子吼ししく園と名付けられた庭園の一角に、四角い石碑がある。

大阪府立北野高等学校の前身である「欧学校」は、明治6年(1873) 5月に大阪府難波新地にあった難波学習所内に開設された。この地が北野高等学校の「発祥の地」とされる。

難波学習所は、大阪市中央区難波千日前付近(当時の難波新地四丁目)に位置していた。欧学校は英語などの外国語教育を行う機関として設立され、その後「大阪府立大阪中学校」などを経て、明治35年(1902) に「大阪府立北野中学校」へと改称した。

大正12年(1923) に北野中学校は北区北野芝田町から現在の淀川区新北野(当時の西成郡十三川木町)の地へと移転したが、北野中学校の名は継承されている。新北野という地名は、北野高校がある地ということで、昭和49年(1974) の住居表示実施時に誕生した新しい地名だ。昭和23年(1948) の学制改革により「大阪府立北野高等学校」となり、現在に至っている。

台座部分には、令和8年(2026) 4月にタイムカプセルが収納され、50年後に開陳を予定しているとのこと。

写真


碑文

北野高等学校発祥の地

明治六年
欧学校 集成学校

創立百五十周年記念
令和五年
六稜同窓会

地図

地図

中央区久太郎町4丁目 付近