原水爆 禁止運動 発祥の地

げんすいばくきんしうんどうはっしょうのち

JR中央線 荻窪駅の南東500m。杉並区立中央図書館に隣接して荻窪体育館がある。 体育館の前庭の角地に足を開いた大根のような(横から見ると 薄い板の下に鋏を入れて ひねったような) 「オーロラの碑」と名前がついている不思議な造形が建っている。

この場所には 杉並区公民館があった。1954(昭和29)年 ビキニ環礁で行われたアメリカの水爆実験で発生した“死の灰”が 日本のマグロ漁船“第五福竜丸”に降り注ぎ, 死の灰を浴びた乗組員は 強度の放射線被曝を 受け, 無線長の久保山愛吉氏が死亡した。

これをきっかけに, 杉並区公民館を拠点に 主婦たちが始めた 原水爆実験禁止を求める署名活動は 全国に広がり, 2000万人を超える署名を集め 空前の平和運動となった。1955年には 第1回の原水爆禁止世界大会が 広島で開催され, 被爆者の救済を求め 核廃絶を訴える運動に発展していった。

写真

  • オーロラ 杉並区立公民館跡地の碑
  • 記念碑の由来
  • オーロラ 杉並区立公民館跡地の碑 台座
  • 原水爆禁止運動発祥の地
  • 荻窪体育館
  • オーロラ 杉並区立公民館跡地の碑

碑文

オーロラ
杉並区立公民館跡地の碑
平成3年3月

制作者 瀧 徹

記念碑の由来

 昭和28年11月に開設した杉並区公民館においては, 区民の教養向上や文化振興を図るため, 各種の教養講座が開かれ, また, 社会教育の拠点として, 区民の自主的活動が行われてきました。
 これらの活動のなかでも, 特筆されるものは, 昭和29年3月 ビキニ環礁水爆実験をきっかけとして, 杉並区議会において水爆禁止の決議が議決されるとともに, 同館を拠点として広範な区民の間で始まった 原水爆禁止署名運動であり, 世界的な原水爆禁止運動の発祥の地と言われております。
 その公民館も老朽化により平成元年3月末日をもって廃館されましたが, その役割は杉並区社会教育センター(セシオン杉並)に発展的に継承されております。
 ここに, 公民館の歴史をとどめるとともに, 人類普遍の願いである永遠の平和を希求して記念碑を建立したものであります。

平成3年3月

東京都杉並区

地図

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