「荻窪」の地名発祥由来の寺 

おぎくぼのちめいはっしょうゆらいのてら

JR中央線・荻窪駅の西 約500m。環状8号線が中央線と交差する所に 荻寺光明院がある。 入口に 寺名と“「荻窪」の地名発祥由来の寺”と書かれた大きな看板が建っている。

寺の前にある 杉並区教育委員会による説明板には, 「慈雲山光明院は・・・通称「荻寺」と 呼ばれ, 荻窪という地名も その名に由来するといわれています」と書かれている。


時は流れ、2016年には看板が書き換えられたが、地名発祥の由来である宣言は消されなかったようだ。(ストリートビュー参照)

写真

  • 「荻窪」地名発祥の寺
  • 光明院由来
  • 光明院 本堂

碑文

真言宗 豊山派

慈雲山 荻寺 光明院

(本尊 千手観世音菩薩)
「荻窪」の地名発祥由来の寺

真言宗豊山派 慈雲山 荻寺 光明院
観音ホール慈雲殿

光明院は「荻窪」の地名発祥由来の寺です。

光明院

慈雲山光明院は、真言宗豊山派の所属で通称「荻寺」と呼ばれ、荻窪という地名もその名に由来するといわれています
当寺蔵の「縁起石碑」によれば、和銅元年(708)行基作の仏像を背おった遊行中の僧が、この地を通りかかったところ急に仏像が重くなり、荻の草堂を作って仏像を安置したのが開創と伝えています。
この開創伝説はともあれ、本尊の千手観音像は南北朝期の作であり、また境内から本尊と同時代に作られたとみられる五輪塔や、室町期の板碑いたびなどが出土しており、当時の回想は南北朝期にさかのぼれるものと考えられます。
今も寺の周辺に残る「四面堂」「堂前」の地名も、当寺の御堂に起源をもつといわれています。
本尊の千手観音像は、俗に「荻窪の観音様」の名で近在の人々に親しまれ、大正時代までは本尊の写し観音が地域を運行する行事が行われ、信仰を集めたといわれています。
なお、嘉永3年(1850)再建された本堂は現在の位置より西南側にありましたが、明治21年甲武鉄道(現中央線)建設のため、現在地に移されました。

昭和55年2月20日

杉並区教育委員会

地図

地図

杉並区上荻2丁目 付近 [ストリートビュー]