日本医療看護婦 訪問介護 発祥地
いりょうかんごふほうもんかいごはっしょうち
山陽本線 分け駅から北西に11km、吉井川沿いの県道417号の交差点付近に、古ぼけた看板が立っている。
ただし、なぜ磐梨郡が日本医療看護婦発祥地で、訪問介護発祥地なのか、調べてみたが不詳。
なお、表示にある「磐梨郡」は、明治11年(1878) に行政区画として発足し、明治33年(1900) に赤坂郡・磐梨郡の区域をもって赤磐郡となった。平成17年(2005)、赤磐郡内の山陽町・赤坂町・熊山町・吉井町が新設合併して赤磐市が発足、平成19年(2007) には唯一所属していた瀬戸町が離脱し赤磐郡は消滅した。
一方、当地 和気町は明治22年(1889) の町村制施行当初から和気郡であり、磐梨郡や赤磐郡だったことはないが、磐梨郡石生村、佐伯上村、佐伯本村として発足した地域が和気町に含まれており、和気町に「磐梨郡」と表示があっても特に間違いではないとのことだ。
佐伯町で見かけた看板 ここがい日本医療看護婦による訪問看護の発祥の地…らしい。 江戸時代末期の事らしいけど、残念ながらこの看板以外でスポットらしいものはなかった。 内容はまた調べてみる。 それよりもこの看板が太陽を反射すると、もはや目潰しなくらい眩しい。なんでミラーにした。 https://t.co/EUiavNnUJs
— まちかど│岡山の街角から (@0kayamania) October 7, 2026
写真
碑文
天保四年(西1833年)
備前国磐梨郡米沢村日本医療看護婦 訪問介護
発祥地
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