金沢大学 誕生の地

かなざわだいがくたんじょうのち

北陸本線 金沢駅から 南東に2km。金沢城公園の石川門から入って右手の“入口休憩所”前に平板状の石碑が置かれている。またそのすぐ近くには,この地に金沢大学があったことを示す「学は以て已むべからず」という石碑が建っている。

金沢大学は戦後の学制改革により,金沢市内にあった旧制第四高等学校・金沢医科大学・3つの師範学校・金沢工業専門学校などを統合して,1949(昭和24)年に新設された大学。発足当時は6学部を有した。

キャンパスは,金沢城址にあった旧陸軍施設(第8師団司令部、歩兵七聯隊など)を改修して,ここを“丸の内キャンパス”(城内キャンパス)として使用し,工学部・医学部・薬学部を除く全学部がここに配置された。

丸の内キャンパスは加賀藩時代の建造物である石川門を正門とし,自然と歴史の調和した良好な環境で市民にも親しまれたが,手狭になったため,角間地区(この地より南東に5㎞)に移転することとなった。1994(平成6)年までに丸の内キャンパスからの移転が行われ,2005(平成17)年には医学部を除く全学部の移転が完了した。

移転後の跡地は整備されて“金沢城公園”となっており,平成22年(2010)に「誕生の地」の碑が建立された。

写真

  • 学は以て已むべからず
  • 金沢大学誕生の地

碑文

金沢大学誕生の地

 金沢大学は昭和二十四(1949)年五月三十一日、旧制の金沢医科大学、同附属薬学専門部、金沢高等師範学校、第四高等学校、金沢工業専門学校、石川師範学校及び石川青年師範学校を前身に、ここ金沢城跡をメインキャンパスとして設置された。
 爾来四十六年、平成七(1995)年二月十六日、最後の部局が角間キャンパスに移転するまでの間、この城内には法文学部(のちの文学部、法学部及び経済学部)、教育学部、理学部、薬学部生薬学教室、教養部、附属図書館及び大学本部(事務局、学生部)が置かれ、幾多の有為な人材を輩出した。
 この地に金沢大学が誕生し、我が国有数の国立総合大学として発展したことを記し、碑を建立する。

平成二十二(2010)年十一月六日

国立大学法人金沢大学

地図

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金沢市丸の内 付近