草津節 発祥の地

くさつぶしはっしょうのち

 
調査:
2005年5月  (写真提供 H.O.さん)

草津温泉街の中心部、湯畑から熱帯植物園方向へ北東に下ると古久長旅館がある。古久長旅館の横に「鷲乃湯跡」という石碑と一緒に草津節発祥の地碑が建っている。

草津節発祥の地

草津温泉は草津白根山の東麓にあり、湯量が日本一豊かで湯温が高く、かつ強酸性の温泉として知られている。この温泉は、日本武尊ヤマトタケルノミコトが東征の折発見したと伝えられ、鎌倉時代には源頼朝が、戦国時代には武田信玄ら入浴したという記録もある。明治になり、草津を訪れたドイツ人医師ベルツにより草津温泉の医学的効能の研究が行われ、世界的に知られるようになった。

草津温泉は「時間湯」という独特の入浴法があることでも有名。50度から場所によっては90度以上もの高温で、しかも刺激の強い酸性泉。この高温を生かして温泉療法として利用するのが「時間湯」。時間湯は入浴を指導する湯長の号令の下で、時間を3分に区切って入浴する。

30cmx180cmの板で湯を揉んで温度を下げ、湯を柔らかくする。この作業を20分~30分かける。この時に調子を取るため歌われるのが「草津よいとこ一度はおいで~ドッコイショ」というあの草津節である。現在はその湯揉みがショーとして再現されている。草津節は、様々な歌詞がつけられ歌われていたが、現在の歌詞の原形は大正7年に草津を訪れた平井晩村の作と言われる。

ちなみに、強酸性の草津湯は温泉街を離れたところで中和剤として年間18000トンの炭酸カルシウムを流し込んで湯川を約3Kmを流れる間pH5.5ほどに中和。行き着いた品木ダムでは炭酸カルシウムを酸にあてて出来た硫酸カルシウムと塩化カルシウムを沈殿させて浚渫しています。品木ダムまでに中和された水は話題の八ッ場ダム〜吾妻川〜利根川へと流れていきます。

【リンク】草津温泉観光協会品木ダム水質管理所24時間365日、中和される川

写真

  • 草津節発祥の地
  • 草津節発祥の地(アップ)
  • 鷲の湯跡 石碑
  • 草津節発祥の地

碑文

草津節発祥の地

鷲乃湯跡地

「鷲乃湯」の由来は、その昔、傷ついた鷲がこの湯により傷を治したという故事によって後世に伝えられています。「鷲乃湯」は江戸時代から廃止される昭和44年までこの場所にあり、草津温泉ならではの独自の入浴法「時間湯」の共同浴場として、盛んに利用され親しまれていた草津温泉を代表するもっとも古い源泉浴場の一つでした。

〔時間湯〕

源泉の効能を保つために“湯揉み板”で温泉を揉み、指導者である「湯長」の導きにより入浴する草津温泉ならではの独自の入浴法。

地図

地図

草津町 古久長旅館 付近 [ストリートビュー]