越中おわら 発祥の地
えっちゅうおわらはっしょうのち
高山本線 越中八尾駅の南、
越中おわらは、富山県富山市八尾町(旧婦負郡八尾町)に伝わる元禄年間(17世紀末〜18世紀初頭)の町人文化に由来する。元禄15年(1702) 3月、八尾の町衆が町の開祖・米屋少兵衛家から加賀藩の「町建御墨付」を取り戻した祝いとして、三日三晩、歌舞音曲で町を練り歩いたことが、おわら節の起源の始まりとされる。その後、盆の行事と結び付き、さらに二百十日の風の厄日に風神鎮魂を願う「風の盆」へと変化した。
おわら保存初代会長 川崎順二は大正期からおわらの研究と保存に取り組み、大正13年(1924) に民謡おわら研究会を結成した。昭和初期には小杉放庵、野口雨情らの文人に歌詞を依頼し、昭和4年(1929) の「越中八尾民謡おわら保存会」結成にもつながった。若柳吉三郎による振付なども加わり、現在に伝わるおわらの芸術性が整えられていった。
写真
碑文
越中おわら
發祥の地昭和四十六年風の盆
富山県民謡おわら保存会
会長 川崎 順二
コメント