最上川舟唄 発祥の地

もがみがわふなうたはっしょうのち

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フルーツライン佐沢あてらざわ線の終点 左沢駅から東、最上橋から下流側(北側)の大きく蛇行している左岸、県道23号沿いに石碑が建つ。

左沢は江戸時代から最上川舟運の中継地として栄え、米沢方面から運ばれた荷物を船に積み替え、酒田方面へ運ぶ重要な河港であった。最上川の水運とともに発達した舟唄が、現在の「最上川舟唄」につながっている。

現在広く知られている最上川舟唄は、昭和初期に左沢の渡辺国俊と後藤岩太郎によってまとめられたものである。もともと最上川流域には船頭たちが歌うさまざまな舟唄が存在していた。渡辺国俊が舟唄の創作を企画し、後藤岩太郎が最上川を実際に舟で行き来しながら各地の舟唄を採り入れ、編曲したことで、現在の最上川舟唄が形づくられた。

昭和11(1936) 年に作曲家・渡辺国俊や民謡歌手の後藤桃水らが、最上川の船頭たちが唄っていた作業歌や掛け声を採集・編纂し、楽曲としてまとめたものである。船頭が舟を漕ぐ際のリズムや、最上川の難所を下る厳しい作業の様子が歌詞やダイナミックな節回しに表現されている。

後藤岩太郎が歌った最上川舟唄は昭和22年(1947) に東日本民謡コンクールで優勝し、全国的に知られるようになった。伸びやかな旋律と「エンヤコラマガセ」の力強い掛け声を特徴とし、最上川を行き交った船頭たちの労働や川の風景を伝える山形県を代表する民謡となった。

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碑文

最上川舟唄発祥の地

地図

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西村山郡大江町左沢 付近 [ストリートビュー]