松平氏 発祥の地

まつだいらしはっしょうのち

準備中
調査:
2011年10月 (写真提供 OLDMANさん)

愛知環状鉄道線の新豊田駅から東に12km。国道301号線の“松平郷入口”バス停から北に5kmほど入ったところに松平東照宮がある。その入り口左手に「松平氏発跡地 愛知県」と刻まれた古い背の高い石碑が建っている。また近くには「松平氏発祥の地 松平郷」という大きな看板が出ている。

松平郷(豊田市松平)は,後宇多天皇の時代(13世紀)に 公家の在原信盛が開き,現在の松平東照宮境内に屋敷を構えたとされる。 信盛の子信重は開拓を進め,その後この地を訪れた旅の僧(徳阿弥)が 信重の末娘の婿として家を継ぎ 松平親氏(ちかうじ)と称した。これが徳川家の始祖・松平氏の発祥である。

親氏・泰親(2代)・信広(3代)は近隣の村を手中にし,更に岡崎・安城に勢力を広げ 西三河の大半を手中にし,戦国時代の一大勢力となっていった。7代清廉は岡崎に居城を移し,三河一国を支配した。しかし その後松平一族は弱体化し,8代広忠の時に 今川氏・織田氏から攻められ支配圏を縮小。ついに岡崎城は今川義元に奪われた。広忠の子家康は 織田氏の,次いで今川氏の人質となったが,今川氏の滅亡に伴い岡崎城に入り,織田信長の下で勢力を拡大。徳川を名乗った。

松平家は 3代信光の時に 松平宗家(将軍家となる)と 幕末まで松平郷の領主であった松平太郎左衛門家(松平郷松平家)に分かれた。松平郷の地は 江戸幕府により あらためて松平郷松平家に与えられ,家康の死後,駿河から東照宮が勧請され,この地は「松平氏発祥の地」として 徳川幕府からも特別の扱いを受け続けた。

写真


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豊田市松平町 付近 [ストリートビュー]