『明星』発祥の地
みょうじょうはっしょうのち
中央線・都営地下鉄 新宿線 市ヶ谷駅の東、東京家政大学 千代田三番町キャンパス(千代田区三番町22)の入口脇の花壇が在りし日から1コマ撤去されて作られた空地に、千代田区によるプレートが設置された。
明星と言っても、アイドル雑誌ではない。
明治32年(1899) に与謝野鉄幹によって創設された文学結社「東京新詩社」。翌年4月に機関誌『明星』創刊し、詩歌を中心とする浪漫派の文学・美術の総合誌として活動、明治41年(1908) に第100号で終了した。
大正10年(1921) に第2次『明星』が刊行されたが、それほど長くは続かなかった。
千代田区ではまち記憶プレート設置場所を公募しており、平成28年(2016) 分として設置された。なお、応募には設置する場所を提供することが条件になっており、おそらく学校法人が申請したものと思われる。
なお、渋谷区道玄坂の「東京新詩社跡」標柱は、当地から渋谷に移った跡、「明星」でいうと12号からの場所ということらしい。
市ヶ谷で「明星」発祥の地という記念碑を発見。
— 栗原祥光 (@yosh_kurihara) February 21, 2022
文芸書も120年経つとアイドル雑誌になるのかーと感慨に耽ったのですが、全く関係ないみたい。
俺の感慨を返してww pic.twitter.com/b6Z5g1XYjF
写真
碑文
まちの記憶
the memory of town
Chiyoda City1900年
明治三十三年『明星』発祥の地
The birthplace of "Myojo"陶郷新詩社(与謝野鉄幹主催)の機関誌「明星」はこの地で刊行された。主要同人として高村光太郎、北原白秋、石川啄木、鳳(与謝野)晶子らが寄稿し当時の歌壇、詩壇に大きな影響を与えた。
"Myojo" was first published here as a journal of the publi9sher, Tokyo Shinshisha. (Tokyo New Poets Society) Tekkan Yosano was the Society's president at the time. Well-known poets includeing Kotaro Takamura, Hakushu Kitahara, Takuboku Ishikawa and Akiko Ho (Yosano) submitted their writing for publication, thus greatly inspirign the world of poetry.