二十世紀梨 誕生の地

にじゅっせいきなしたんじょうのち

JR常磐線松戸駅(JJ06JL22)、新京成線松戸駅(SL01)から3.5Km南東、北総線北国分駅(HS03)から北に約1.5Kmに「二十世紀公園」がある。南側3/4ほどがグラウンドになっていて、通常の公園機能は北側の狭いエリアに押し込められている。この北側エリアに「二十世紀梨誕生の地」碑、「二十世紀梨感謝の碑」、「天然記念物二十世紀梨原樹」碑などが並んで建っている。

二十世紀梨誕生の地

二十世紀梨は松戸覚之助という人が、明治21年にゴミ捨て場に自然に生えていた小さな梨の木を移植して育てたところ、10年目の明治31年に結実したものと伝えられる。この梨は形が良く薄緑色で美しく食べると口にかすが残らず、甘くて多汁な梨だったので、全く新しい品種として明治37年「二十世紀梨」と命名された。

この原樹は長い間天然記念物として保存されていたが、太平洋戦争後に枯死し現在は「原樹の碑」が残るのみとなった。

皮肉なことに、現在二十世紀梨は鳥取県の生産量が圧倒的に多く、誕生の地千葉県での生産量は僅かである。今年(2004)鳥取県での二十世紀梨の生産が始まって100周年を迎えるが、これを記念して2年前に鳥取県知事から松戸市に「感謝の碑」が贈られた。

二十世紀梨感謝の碑

「ありのみ」とは梨のこと
明治29年、鳥取県岩井温泉に生まれた作家・尾崎翆は『新秋名果』の中で、二十世紀梨に託して、ふるさとの豊かさを詠っています。
百年にわたって鳥取県の経済、産業、文化を支えてきた二十世紀梨。
この梨への感謝の気持ちを顕し、その誕生の地松戸市に記念碑を贈呈します。

平成14年11月
鳥取県知事 片山善博

母ありて
ざるにひとやま
はだ青きありのみのむれ
われにむけよとすゝめたまふ
「二十世紀」
ふるさとの秋ゆたかなり

尾崎翆

命名の明治37年は1904年。まさに新世紀が始まったところであり、21世紀となる前後にもいろいろなものが「21」を冠することとなりましたが、それが100年残るというのはたいへんすばらしいことですね。

写真

  • 松戸駅
  • 松戸駅
  • 近隣一帯は二十世紀が丘を冠した地名が並ぶ
  • 公共施設の名前も二十世紀
  • 二十世紀梨誕生の地
  • 二十世紀梨誕生の地 碑文
  • 二十世紀梨源樹碑
  • 二十世紀梨感謝の碑
  • 二十世紀公園

碑文

二十世紀梨誕生の地

わが国梨界の王者として君臨する二十世紀梨は初めてこの地に生れこの地に育った

すなわち先代松戸覚之助翁が苦心の賜ものとしてこの地から得た成熟果を明治三十七年秋二十世紀梨と命名し世に贈ったのに始まる

以来果実の水気と甘みは賞揚され栽培もまた全国に広がった

いっぽう二十世紀梨原樹は昭和十年に天然記念物指定をうけたが二十二年に惜しくも枯死した

ここにこの地を記念して史跡に指定し合せて翁の偉業を永く後世に伝え残すためにこの碑を建てるものである

昭和四十年三月
松戸市教育委員会

地図

地図

松戸市梨元町 二十世紀公園 付近 [ストリートビュー]