甲州ぶどう 発祥の地

こうしゅうぶどうはっしょうのち

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2005年7月(写真 H.T.さん)

中央線 勝沼ぶどう郷駅の南, 直線距離で約1.5km のところに, 真言宗 柏尾山大善寺がある。通称 ぶどう寺。 客殿・庫裏を右に見て石段を上ったところに楽堂と薬師堂(本堂)があって, 楽堂の横に発祥の地の説明板が建っている。

大善寺の開創は 718(養老2)年に遡る。1582(天正10)年, 織田信長と争った武田信玄が死去し, 武田勝頼は 岩殿城で再興をはかるべく 韮崎を出て 途中この大善寺で戦勝祈願をした。しかし、一夜明けてみると家臣の大半が離散し, 岩殿城主にも裏切られて, 勝頼は家臣とともに自決し武田家は滅亡した。その一部始終を目撃した 理慶尼が記した「理慶尼記」は 「武田滅亡記」ともいわれ, 大善寺に今なお大切に保管されているという。(2005年7月(写真 H.T.さん))


2005年(平成17年)11月、 塩山市・大和村と合併して甲州市となる。


年月が経ち、表示が変わったか無くなったかしているものと思われますのでどちら様か見てきてください!

写真

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碑文

甲州ぶどう発祥の地
大善寺伝説

 養老二年(七一八)僧行基が甲斐国を訪れたとき勝沼の柏尾にいたり, 日川の渓谷の大石の上で修行したところ, 満願の日, 夢の中に, 右手にぶどうを持った薬師如来があらわれたといわれます。
 行基はその夢を歓び, 早速夢の中にあらわれたお姿と同じ薬師如来像を刻んで安置したのが, 今日の柏尾山大善寺であります。
 以来, 行基は薬園をつくって民衆を救い, 法薬のぶどうのつくり方を村人に教えたので, この地にぶどうが栽培されるようになり, これが甲州ぶどうの始まりだと伝えられています。
 大善寺伝説は, 仏教渡来とともに大陸から我が国にもたらされたぶどうが, 薬師信仰と結びついて, この地に伝えられたことを指すものとして理解されます。

(江戸時代正徳年間のぶどう栽培地の図)

昭和五十四年十月一日

勝沼町教育委員会

地図

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山梨郡勝沼町勝沼 大善寺 付近