信砂 水田 発祥の地

すいでんはっしょうのち

国道231号オロロンラインから、増毛ましけ舎熊しゃぐまの町中で南東方向に分岐して北竜町〜妹背牛もせうし町を経て深川市に至る道道94号線。舎熊の町中、舎熊駅(跡)から1.5kmほど山の方へ進むと、道沿いの田んぼと民家の敷地の境目あたりに、ぽつりと棒状の碑が建つ。

衛星写真等を見るとわかるが、信砂のぶしゃの信砂川・新信砂川に挟まれた河口近くは水田が広がる地域。当時は3反≒30a(3000㎡)で3俵≒180kgの収量、現代から考えると素人農場並の少なさだったが、おいしかったということで、その後に水田開発をする者が続いたのだと推測できる。(現代は1反あたり400kg前後の収量とのこと)

町指定史跡。

なお、地名になった「信砂」とは、野のかたわらの川という意味の「 ヌㇷ゚サㇺペッ (nup-sam-pet)」からとされる。たしかに、信砂川・新信砂川など幾筋かの川が流れる地域である。

北海道内の発祥の地碑として数多く水田発祥の地が数えられるが、《北海道「水田発祥の地」記念碑》という書籍が発行されるほどである。

写真

  • 信砂水田発祥之地
  • 信砂水田発祥之地 碑文

碑文

信砂水田発祥の地

明治43年小野寺農場小作人秋山清四郎がこの地に約3反の水田を造成する。品種は「赤毛」と称した。平年作で約3俵の収穫を得たが非常に美味であったという。この年から信砂は水田が急増するのである。

指定年月日 昭和57年8月20日
指定番号 27番

増毛町教育委員会

地図

地図

増毛町信砂 付近 [ストリートビュー]