大阪大学 微生物病研究所 創設之地
おおさかだいがくびせいぶつびょうけんきゅじょそうせつのち
阪神電鉄 福島駅の東200m。田蓑橋の北側のNTTデータの堂島ビルの入口脇の壁面に 金属パネルが埋め込まれている。
昭和4年(1929) 当時の大阪医科大学は,大阪・神戸がコレラ・ペストなどの外来伝染病の侵入口となりつつあったこと, また関東大震災の教訓から, 大阪に微生物病に関する総合研究機関を設立する必要性を説き, 大阪財界に協力を要請し, 山口玄洞氏による20万円の寄付を基に昭和9年(1934) この地に研究所本館を建設。既設の「竹尾結核研究所」および「大阪特殊皮膚病研究所」を併せて大阪帝国大学附属「微生物病研究所」が発足した。
その後 堂島地区は手狭になり, 昭和42年(1967) 大阪大学の吹田キャンパスに移転した。
写真
碑文
大阪大学微生物病研究所創設之地
微生物病に関する総合的研認機関を大阪に設立するため昭和六年山口家範四代玄洞氏は私財を寄附し これよりさき竹尾家第十一代治右衛門氏の寄附により設立された竹尾結核研究所 ■篤志家の寄附による特殊皮膚病研究所を併せ昭和九年大阪帝国大学に微生物病研究所が創設された 微生物病の予防と治療に貢献する事業を遂行する財団法人阪大微生物病研究会も山口玄洞氏の寄附により同時に発足した
また昭和十年財界の寄附および関修生氏のラジ ウム購入資金の寄附により財団法人大阪癌治療研究会が設立された
昭和四十二年研究所ならびにこれらの財団法人は千里丘陵に移転したが寄附者の篤志を研究所創設のこの地に誌し永く後世に伝える昭和五十五年一月