支那そば 復元 発祥店

しなそばふくげんはっしょうてん

 
調査:
2020年3月(写真 まさ・なち さん)

蓬来軒本店(甲府市中央4丁目12-28)店先の入口や看板等に記されている。

中国の中華思想においては、周囲を東夷・南蛮・西戎・北狄などと慢侮した。

(Chiang)介石(Kai-shek)の国民党支配時代に「支那と書かれた公文書は認めない」と通告した。東夷でしかない日本政府は「支那」の呼称をやめ中華民国と表現することにした。さらに太平洋戦争敗戦後の昭和21年(1946)「支那という言い方を中国人が嫌っているのでやめよう」という通達 外乙第二五號(昭和21年6月13日、外務省総務局 長岡崎勝男)を出した。

 中華民國の國名として支那といふ文字を使ふことは過去に於ては普通行はれて居たのであるが其の後之を改められ中國等の語が使はれてゐる處支那といふ文字は中華民國として極度に嫌ふものであり,現に終戰後同國代表者が公式非公式に此の字の使用をやめて貰ひ度いとの要求があつたので今後は理屈を拔きにして先方の嫌がる文字を使はぬ樣にしたいと考へ念のため貴意を得る次第です
 要するに支那の文字を使はなければよいのですから用辭例としては
  中華民國、中國、民國。
  中華民國人、中國人、民國人、華人。
  日華、米華、中蘇、英華
 などのいづれを用ひるも差支なく唯歷史的地理的又は學術的の敍述などの場合は必しも右に據り得ない例へば東支那海とか日支事變とか云ふことはやむを得ぬと考へます

支那の呼稱を避けることに關する件(1946)

「支那」は中国の蔑称であるとは言うものの、地名等はとくに変えることなく、またフランス語で Chine(シヌ)、スペイン語で China(チナ)、ドイツ語で China(チナ)、スウェーデン語で Kina(シナ)、、スワヒリ語で China(チナ など、世界において禁止使用という流れは感じ取れない。日本政府は中国政府に対して斟酌し忖度しうまく取り入ろうとしていたように見える。そして、日本ではこのようなちょっとしたことで、昨日まであったものが明日には無いということが日常的に繰り返されてきた。

東京オリンピック(昭和39年 1964)の頃になると社会も安寧し、「支那そば」禁止はおかしいのではないかと、敢えて支那そばの呼称を再開したのが同年に開店した当店であるとされる。

なお、現在では「中華」は料理名等の地域の敬称でもあり、安かろう悪かろうな怪しい工業製品等を表す愛称でもある。

写真

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碑文

支那そば復元 発祥店

蓬来軒

地図

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