小説 草枕 発祥之地
しょうせつくさまくらはっしょうのち
漱石館は小天の名門(衆議院議員)前田
漱石のこの時の体験が「草枕」を生んだといわれ, 小説の中では“那古井の宿”として登場する。 滞在中に前田案山子の娘の卓に出会う。「草枕」のヒロイン那美のモデルで, 案山子本人も「志保田の隠居」のモデルと言われる。
訪れた時は, たまたま運が悪かったのか, 訪れる人も少ないせいなのか, 庭は草ぼうぼうで 荒れ放題という印象。歩いていると 蚊がわんわんと群がってきて, 後からあとから刺されてボコボコになった。
発祥碑は「漱石館」と書かれた上の入り口から入り, 更に 崖状になった斜面を下りた下の庭に建っている。 なかなか場所がわからず探し出すのに苦労した。碑面が汚れ, 写真も不鮮明なため, 碑文の1/3ほどが読み取れない。
天水町は平成17年(2005) に玉名市、岱明町、横島町と合併し、玉名市となった。
漱石館は平成17年(2005) に改修し、浴室等が公開される運びとなった。発祥碑がどこにいったかは紹介されていない。旅行ガイドや旅行ブログ等でもネットでは探し出せない。
写真
碑文
小説草枕 發祥之地
夏目漱石は明治三十年の大晦日・・・・・・・
なる前田案山子氏別邸に来宿し滞在・・・・・約一
週間・の間前田氏令妹那美さん(本名卓子)との
間に非人情的文学的交流があり・れに峠の茶屋を
はじめ近郊を散策し・・・見聞を交え・・・たの
が実に小説草枕である 年月の久・・・・・漱石館
と名付けられた別邸は改築の止むなきに・・・・・
・ども・漱石の宿・・あった・・・・・・・・・多
少の修理を加えて・・・・たので・・・の・・・
縁ある者ここに碑を建てて敬愛する文豪の筆の跡
を永遠に遺さんとするものである
昭和五十一年蝋月(漱石来宿八十年)有・・・
(・・・の部分は不鮮明で読み取れなかった