日本初の 修学旅行 到達の地
にっぽんはつのしゅうがくりょこうとうたつのち
総武線の終着駅にして銚子電鉄の駅でもある銚子駅の北側ロータリーの一角に、令和元年(2019) 10月20日除幕となった石碑がある。
明治19年(1886)、東京師範学校(現 筑波大学)の生徒たちが、千葉県の銚子を訪れた。この旅行こそが、日本で最初に「修学旅行」と呼ばれたものである。目的地は、当時としては遠方であり、風光明媚な土地として知られていた銚子であった。
この修学旅行は、単なる見物ではなく、明確な教育目的をもって計画された。生徒たちは、地理・歴史・産業・風土などを現地で直接学ぶという「実地教育」を体験するために銚子へ向かった。東京から銚子までは汽車を利用し、途中の地形や村落、農業の様子などを観察しながら進んだという。
銚子では、漁港や灯台、水産業の実態などを見学した。特に犬吠埼灯台の視察は印象深く、生徒たちは近代的な建築技術や海上交通の重要性について学んだ。さらに、地域の人々との交流を通じて、地方の暮らしや文化にも触れることができた。
この修学旅行は、参加した生徒たちに大きな刺激を与えた。教室の中だけでは得られない学びがあり、実地体験による理解の深まりがあったからである。また、この経験が教育界において高く評価され、以後、全国の師範学校や中学校でも同様の旅行が取り入れられていった。
こうして、東京師範学校の銚子旅行は、単なる校外学習ではなく、日本における「修学旅行」の出発点となった。教育の一環として旅を取り入れるという発想は、ここから全国に広がり、今日の修学旅行の原型となっている。
銚子の他、東京や京都が初修学旅行の到達地とする話もある。
写真
碑文
日本初の修学旅行到達の地
明治19年、東京師範学校の生徒99名による長途遠足が、日本最初の修学旅行であり到達の地が銚子であると、公益財団法人全国修学旅行協会編纂の「修学旅行の変遷と意義」に記されている。長途遠足の趣旨は、兵式操練の演習のほか、実地に就いて学術を研究する事を目的としている。同年2月15日、徒歩にて東京を出発、習志野、佐倉、成田、佐原(これより船行)を経て、20日午前8時、銚子唐子村に到着した。21日には、海浜に出て、ドレッグ・トロールの使用法・海藻乾燥法の実習をした。帰路は八日市場、東金、千葉を経て25日帰京11日間の行程を終了した。