大化改新 発祥の地

たいかのかいしんはっしょうのち

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万葉まほろば線(桜井線)・近鉄大阪線 桜井駅から南方 約9km、談山たんざん神社(桜井市多武峰319)の由緒書の札に記されている。

写真


碑文

談山たんざん神社

大化改新発祥の地
大和国多武峰鎮座

御祭神 藤原鎌足公

藤原鎌足公は推古天皇三十二年(六一四)中臣御食子の長子として大和国高市郡大原に生誕され、幼名を鎌子と称した。中臣氏の祖は天児屋根命にて代々神事を司どる家柄であり公にはその三十二代孫に当たられる。公は至誠一貫朝廷に仕え、皇極天皇の御代には中大兄皇子(後の天智天皇)と共に当神社本殿裏山の談山に於て国家革新の大業を計り、ついに西暦六四五年「大化改新」を成しとげられ、さらに近江大津京遷都などの国家事業に尽くし、わが国の隆昌と安泰の為に偉大な功績をのこされた。天智天皇八年(六六九)藤原の姓を賜り人臣最高の大織冠と大臣の位を授けられ、同年十月十六日薨ぜられた。白鳳七年(六七八)公の長子定慧はこの多武峯の山頂に父の墓を造り十重搭を建て父の御霊を弔った。のちに大宝元年(七〇一)方三丈の神殿を建立し御神像を泰安したのが当神社の創始である。当神社は古来国家鎮護の神、子孫繁栄の神また全国藤氏一族総氏神として朝野の尊崇を受け現代に至っている。

旧別格官幣社 例大祭 十一月十七日

地図

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談山神社 付近 [ストリートビュー]