相撲発祥の地

すもうはっしょうのち

桜井線・近鉄大阪線 桜井駅 北口バスロータリーの前方後円墳風な塚の北東隅に、背の高い標柱が設置された。

それぞれがこの駅前に発祥したというわけではないが、桜井の観光の目玉として行政が掲げたものかと思われる。

当サイトにおいては、芸能以外はコレクションの対象としています。

相撲発祥の地
国技発祥の地の表示がある相撲神社
桜井駅の北 約5km
国技発祥の地
万葉集発燿の地
万葉集巻頭を飾る雄略天皇の泊瀬はつせ朝倉宮あさくらのみやがあったところとされる白山神社
桜井駅の東 約5km
万葉集発燿之地
芸能創生の地
聖徳太子が土舞台にて伎楽を習わせたことから
桜井駅の南 約2km
仏教公伝の地
泊瀬川畔一帯は古代大和朝廷の中心地とされる
桜井駅の北東 約2km
仏教伝来之地

写真


碑文

相撲発祥の地

万葉集発燿の地

芸能創生の地

仏教公伝の地

記紀・万葉歌碑を訪ねながら、
散策を楽しみませんか。

桜井市観光まちづくり協議会

仏教伝来ぶっきょうでんらい

五五二年の第二九代欽明きんめい天皇一三年に百済国くだらこく(今の韓国西部)の聖明王せいめいおうからの使節が仏教(仏像・経典)を初めて届けたのが海石榴市つばいちの港(現在地・桜井市金屋に仏教伝来の地の碑が建立されています。)であるといわれています。
川船は大阪難波津なにわづから大和川をさかのぼり着いています。それ故、桜井市が日本最初の仏教伝来の地といわれています。
聖明王(第二六代百済国王。在位五二三〜五五四年)

相撲発祥すもうはっしょう

第十一代垂仁すいにん天皇は當麻邑たいまむら(現在地・葛城市当麻)の當麻蹶速たいまのけはや出雲国いずものくにのの野見宿禰のみのすくねという者を呼び寄せて、カタトケシという地(現在地・桜井市穴師あなしの丘)の相撲神社(土俵があります。)で力比べ行う事となり勝負の結果、野見宿禰のみのすくねが勝った。
わが国最初の天覧相撲てんらんずもうであります。
それ故、相撲発祥の地といわれています。

芸能創成げいのうそうせい

第三三代推古すいこ天皇二〇年、聖徳太子しょうとくたいしが日本で最初の国立演劇研究所と国立劇場を設けられた場所が「土舞台つちぶたい」(現在地・桜井市谷桜井公園に「土舞台」の碑が建立されています。)といわれています。
百済国くだらこくびと味摩之みまし呉国ごこくで学んだ伎楽舞ぎがくまいを演じ、聖徳太子が「土舞台」で青少年を集め伎楽舞をならわしめられたと「日本書紀」にあります。
それ故、桜井市が日本最初の芸能創成の地といわれています。

万葉集まんようしゅう発燿はつよう

第二一代雄略天皇(在位四五六〜四七九年)の泊瀬はつせ朝倉宮あさくらのみやがあり、万葉集開巻第一首は天皇の明るく、やさしい恋歌で始まっています。
桜井市ゆかりの万葉集は二四〇余りあり、六〇余りの歌碑があります。
桜井市黒崎白山くろさきはくさん比咩ひび神社じんじゃ内には「万葉集まんようしゅう発燿讃仰はつようさんごう」の碑が建立されています。
それ故、桜井市が万葉集発燿の地といわれています。

地図

地図

桜井市川合 付近 [ストリートビュー]