相撲発祥伝承之地

すもうはっしょうでんしょうのち

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どなたか見てきてください!

和歌山線 五位堂駅から西へ道の駅當麻へ向かう途中、近鉄大阪線を越える陸橋の手前北側に、力士像とともに標柱が立てられ、説明が付けられている。

写真


碑文

相撲発祥
伝承之地
腰折田

相撲発祥伝承地
腰折田

腰折田《こしおれだ》伝承地《でんしょうち》

香芝市磯壁・良福寺付近

『日本書紀』垂仁天皇七年七月七日の条に、「當麻《とうま》郷には當麻蹶速《けはや》という勇敢剛力がいて、天下に敵なしと豪語していた。天皇が群臣に力くらべ(角力《すまひ》)をするものを求められた。そこで、出雲の野見宿禰《のみのすくね》が召され、両人に力くらべをおさせになった。たちどころに蹶速は腰の骨を折られて死んだ。これにより、蹶速の領地が没収され宿禰に賜った。」とあります。江戸時代に編纂《へんさん》された地誌《ちし》『大和志《し》』には、「腰折田は良福寺にあり」とみえ、両人の決闘の地として今に伝えられています。この伝承は、奈良時代に宮中で始まる相撲節会《せちえ》(七月七日)の起源とされています。なお、葛城市當麻には、伝當麻蹶速塚とされる五輪塔《ごりんとう》が祀られています。
また、野見宿禰については、同三二年七月条に、殉死《じゅんし》の悪習にかえ陵墓に埴輪を立てることを進言し、日葉酢《ひばす》媛命《ひめのみこと》墓に埴輪を立てたことから土師《はじ》職《しょく》に任じられ、天皇の喪葬《もそう》を司ったとする伝承があります。
なお、出雲は現在の桜井市出雲が候補地の一つで、同地には、十二柱神社が鎮座し、野見宿禰墓とされる塚に建てられていた五輪塔が移転祭祀されています。また、同市穴師座《あなしにいます》兵主《ひょうず》神社の摂社で宿禰を祀る相撲神社境内には、宿禰と蹶速が相撲をとった「カタヤケシ」と呼ばれる場所があり、この地における宿禰伝承や相撲との深い関わりが注目されます。

平成二十七年三月

香芝市

腰折田伝承の由来
The Origin of a story of Koshioreda
香芝市と相撲

当地とうちは當麻蹶速たいまのけはやと野見宿禰のみのすくねが力ちからくらべを行おこなったとされる「腰折田こしおれだ」伝承地で、付近ふきんには両人りょうにんがまわしを締しめたところ、まわしを洗ったところとも伝えられる「まわし池」があります。 本市では、古くから牛頭ごづ天王てんのうに奉納ほうのうする宮相撲みやずもうが行われていた大坂山口神社おおさかやまぐちじんじゃ(穴虫あなむし)があり、また近世きんせいの『竹園日記たけぞのにっき』には、良福寺りょうふくじ・当麻たいま・勝根かつね・鎌田かまだ・五位堂ごいどうなど、村名そんめいを冠かんした相撲組すもうぐみがしばしば登場とうじょうします。付近ふきんの寺院じいんや墓地ぼちなどには古ふるい力士墓りきしぼが残のこされており、近世きんせい以降いこう、二上にじょう山麓さんろくの村々むらむらでは相撲すもうが相当そうとう盛さかんであったことがわかります。

Kashiba City and Sumo

This is tradisional area known as Koshioreda, 'The field of broken loins'. It is believed to be where Taima no Kehaya and Nomi no Sukune tested their strengthagainst one another. Nearby, you will find Mawashi-ike Pond, where it is said that these two sumo wrestlers put on and washed their mawashi, or sumo loincloth.
Kashiba City is home to the Osakayamaguchi Jinja Shrine (Anamushi), where sumo performances have been dedicated to the deity Gozu-Tenno since the olden days. In addition sumo groups bearing the names of villages, such as Ryofukuji, Taima, Katsune, Kamada, and Goido, often appear in the Takezono Diary of the modern period. Old tombs of sumo wrestlers can be found in the surrounding temples and cemeteries, which tells us that sumo must have been very popular during the modern period in these villages, which were located at the foot of Mt. Nijo.

土俵の大きさ

土俵の大きさは、江戸時代の土俵が3m94cm(13尺)で行われていたことから、当時の体験をしてもらうために、現在の4m55cmより小さくなっています。

Size of the Sumo Ring

In the Edo Period (1603-1868), the diameter of the sumo ring was 3.94 m (12.9 ft.); today, it is 4.55m (14.9 ft.). This ring has been made smaller to allow you to experience how it was in those days.

地図

地図

香芝市磯壁6丁目 付近 [ストリートビュー]