東京 高等 蚕糸 学校 発祥之地
とうきょうこうとうさんしがっこうはっしょうのち
地下鉄南北線 西ケ原駅すぐ、京浜東北線 上中里駅から600m、財務省印刷局附属東京病院 花と森の東京病院(北区西ケ原2丁目3-6)の前の、自転車置場近くの植え込みに碑が建てられている。
この地は、近代日本における蚕糸業の発展と専門教育を支えた高等教育機関の礎が築かれた場所である。その歴史は、明治19年(1886) に麹町区内山下町から農商務省蚕病試験場がこの地へ移設されたことに始まる。同試験場は、日本の重要輸出品であった生糸の品質向上や蚕の病気予防を研究する中心的な機関であった。
その後、明治29年(1896) に農商務省蚕業講習所へと改称され、技術者の育成機関としての性格を強めていく。大正3年(1914) には文部省へ移管され、同時に「東京高等蚕糸学校」として独立・発足した。これにより、西ヶ原の地は名実ともに同校の発祥の地となった。
昭和15年(1940)、学校は北多摩郡小金井町(現在の東京都小金井市)へと移転した。西ヶ原から移転した後の昭和19年(1944)には東京繊維専門学校へと改称され、さらに戦後の昭和24年(1949)、学制改革に伴って東京農林専門学校と合併し、現在の東京農工大学へと昇格・改組された。
「大蔵省印刷局東京病院」として設置された「財務省印刷局東京病院」は、平成15年(2002) に印刷局が独立行政法人となったので「独立行政法人国立印刷局東京病院」となり、平成25年(2013)、社会医療法人社団 正志会へと事業が譲渡され、「花と森の東京病院」となった。
写真
碑文
東京高等蚕糸学校発祥之地
- 明治十九年十月
- 麹町内山下町より移設
- 農商務省蚕病試験場
- 明治二十九年三月 改称
- 農商務省蚕病業講習所
- 大正三年三月 文部省移管
- 東京高等蚕糸学校
- 昭和十五年四月移転
- 現東京都小金井市
- 昭和十九年四月 改称
- 東京繊維専門学校
- 昭和二十四年五月 昇格
- 東京農工大学
平成三年十月
東京都北区教育委員会
東京高等蚕糸学校
記念碑建立協賛会
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