横地姓の発祥の地
よこちせいはっしょうのち
東海道本線 菊川駅から南東に6.5km、透明高速道路 E1 菊川I.C.から南東に5km、横地城趾群の千畳敷近くに看板が建つ。
7月21日
— あゆみ塾@浜松 (@Ayumi45948573) July 21, 2025
教科書に関連しそうな話を写真にして掲載‼️
静岡県菊川市『横地城跡』
横地氏は、古代・中世において隆盛を誇った古名族で、鎌倉から室町時代にかけて遠江を治めていました
今川氏の遠州掃討により滅亡しましたが、ここ横地城は一族の本貫の地であり、横地姓の発祥の地でもあるのですね(^^) pic.twitter.com/YgS0aMbis3
写真
碑文
横地氏
横地氏は、平安時代(11世紀中頃)源義家と相良の土豪相良太郎藤原光頼との娘との間にできた子が横地太郎家長と伝えられています。
家長は、二俣弾正によって養育され以後、横地を本貫地として横地姓を名乗り今川氏に滅ぼされる間約400年間を遠江の古名族として君臨をなす。
なお、菊川の横地が全国の横地姓の発祥の地となっております。
現在、城の西に広がる丘陵から奥横地のムラにかけて横地氏に関わる史跡が多く見られます。
近年の発掘調査によって横地氏の居館跡の殿ヶ谷遺跡、 武家屋敷の伊平遺跡などが発見され当時の全貌が少しずつ明らかとなってきています。* 公園内での草花の採集や山イモ掘り等の行為は禁止されていますので自然を大切に守って下さい。横地城の案内についての連絡は教育委員会へ(0537-略)
国指定重要文化財(史跡)
横地城 跡(平成十六年九月三十日付文部科学者告知142号)横地城は、室町時代国人領主横地氏の山城です。山城は、長さ約1.5km余と大規模で築造形態の完成度の高い中世城郭として、平成十六年に国の重要文化財となり歴史的評価の高い史跡となっています。城は標高100m前後の山頂部を曲輪(くるわ)とし東曲輪(東城)、中曲輪(中城)、西曲輪(西城)三群から構成される連郭式山城で東曲輪がその中心にあたります。各曲輪を中心に、尾根や小支線に平場や堀切を丁寧に築き堅固な防御をなすと共に、自然地形を利用した要塞となっています。当城郭は、保存状態が良く当時の構造を知るには良好な資料となっています。 また、城跡周辺は静岡県立御前崎自然公園となっており四季を通じ風光明媚となっています。