安曇野の電力 発祥の地

あずみののでんりょくはっしょうのち

大糸線 有明駅から西の中房なかぶさ温泉方面に7km入ると, 県道327号沿いの植木が整備された小さな広場に発祥碑がある。宮城みやしろ第一水力発電所の説明板などもあり,その背後は 放水路になっている。さらにここから300mほど上流には,日本の現役最古の発電機が稼働する “中部電力 宮城みやしろ第一水力発電所”がある。

長野県で最初に電気の灯がともされたのは 長野市内で,明治30年(1897) のこと。 松本地区では 明治32年(1899)。さらに 安曇野での電灯は 松本の5年後,明治37年(1904) のことであった。

穂高有明の中房谷に“宮城第一発電所”が建設され,ドイツから輸入した水車と発電機が使用された。これらの発電装置は現在も稼働しており,日本国内での現役最古の設備で、観光資源化したいという考えも見え隠れする。

写真

  • 安曇野の 電力発祥の地(2020)
  • 安曇野の 電力発祥の地(2020)
  • 安曇野の 電力発祥の地(2020) 背面
  • 発電所案内標識
  • 発電所案内標識(2020) 背面
  • 案内看板(2020)
  • 案内看板(2020)
  • 安曇野の 電力発祥の地(2020)
  • 排水路(2020)
  • 連絡先(2020)
  • 放水路(2020)
  • 発電所建屋(2020)
  • 宮城第一発電所の歴史(2020)(敷地外から)
  • 安曇野の電力発祥の地
  • 安曇野の電力発祥の地 背面
  • 安曇野の電力発祥の地
  • 宮城第一水力発電所百周年記念
  • 宮城第一水力発電所のご案内
  • 発電所放水路

碑文

安曇野の
電力発祥の地

有明山の麓なる宮城第一発電所
水車ならびに発電機ドイツ国より渡来して
このよき里に座を占める秀でし匠を友として
八十年の風雪を耐え抜きてただたゆみなく発電し
なお壮年の風情にて本邦最古を誇りとす
この比類なきいさおしは称嘆するに余りあり
機械に心ありぬべし愛機に寄りて労をねぎらう
思い出は尽きず願う言葉ただ一つ
愛機に永遠の幸を

中房谷OB会長 村澤龍二

中部電力株式会社

宮城第一発電所80周年記念
昭和59年8月吉日建之
地元有志 中電中房谷OB会
中部電力㈱長野支店
共賛者御芳名

(芳名略)

宮城第一水力発電所のご案内

当発電所は明治37年9月14日に運転を開始した 発電所で安曇野の電力発祥の地です。
 1号機の水車と発電機は,当時の安曇電気株 式会社が,ドイツから輸入し設置したもので, 細部改修はあったものの,現在も原型のまま運 転中です。
 同所より以前に設置された水力発電所はいく つかありますが,原型のまま運転しているもの は,ここしかなく日本現役最古の発電施設とし て,産業考古学的にも高く評価されております。

中部電力株式会社

宮城第一水力発電所百周年記念

 当発電所は明治に運転を始めて以来,平成 十六年九月十四日に百年を迎えました。
 建設当時二百五十キロワットの出力,一万一千 ボルトの送電電圧は県下でも最大であり,穂高, 豊科,大町,池田地域に初めて電気を送り,長い間 人々の暮らしや産業の発展を支えてきました。
 当発電所は地域の皆様と中房谷の電力設備を 守ってきた人々に慈しまれて,百歳となった水車 発電機が現在も発電を続けています。
 また,この発電所の電気をお客さまに送り届 けるために建設した穂高変電所,豊科変電所は, 現存する変電所として中部電力管内では最も 古いとされています。

平成十六年九月

中部電力株式会社

宮城第一発電所の歴史

(認可出力400KW)

わが国最初の水力発電所は明治25年、大阪の淀川に建設された蹴上発電所です。長野県はそれから6年後の明治31年茂菅発電所が長野市に翌年の明治32年松本市山辺に薄川第一発電所が建設されました。
宮城第一発電所は、それから更に5年後の明治37年安曇電気㈱により日本アルプス燕岳より流れる中房川に完成し、安曇地方に初めて電気の明が灯もりました。また当時県下最大の発電所であり、送電電圧も11,000Vと高くこれまた県下初めての試みでした。また電灯用だけ4でなく電気炉を使用する工場用動力として産業発展に寄与したことも工業史上大きな意味を持っています。
当時の水車・発電機が現在でもそのままの姿で運転しているのはここだけであり、わが国現役最古参の発電所となっています。

地図

地図

安曇野市穂高有明 付近 [ストリートビュー]