学校教育 発祥之地(立川)

がっこうきょういくはっしょうのち

 
調査:
2003年10月
2018年3月(石碑背面の「変遷」情報追加)

多摩都市モノレールの柴崎体育館駅の西方600mに、柴崎児童公園がある。ここに大きな発祥の石碑が建っている。

ここは1878(明治11)年、立川の学校教育史上初めて独立校舎が建てられた場所。それまでは200mほど西にある普済寺の一隅を借りて教育が行われていた。

現在は立川市立第一小学校となって、ここから500m北に移っている。

普濟寺 心源庵の門前にも、立川教育文化発祥の地の碑が建っている。

写真

  • 学校教育発祥之地
  • 学校教育発祥之地 説明板 (2018)
  • 学校教育発祥之地 背面 (2018)
  • 学校教育発祥之地 (2018)
  • 学校教育発祥之地
  • 学校教育発祥之地
  • 学校教育発祥之地
  • 柴崎体育館駅
  • 柴崎児童公園

碑文

学校教育発祥之地

立川市の学校教育は 市の発展にともない年々隆盛の一路を辿っているが その発祥は 明治3年3月3日 普済寺に教室を設け 40余名に教授したことに創まる

 これ実に学制頒布2年前のことである 明治11年4月 柴崎村 沢に64坪の校舎を新築した これが近郷に於いて独立校舎を持った嚆矢である 当時一般の教育に対する念が薄く 進んで就学する者も少なかった時代に この業を為し遂げたことは 蓋し達見と謂うべきである この地はその後 大正3年10月 現市立第一小学校の地に新築移転するまで 36年余の年月にわたり立川全域を学区として村童を教育し 幾多の人材を育んだ処である 我々は 立川市立第一小学校創立80周年記念に当り 先賢諸氏に敬意を表す と共に 本市教育発展の基となったこの地に碑を建て 永く記念とする

立川市
立川市教育委員会
立川市立第一小学校
80周年記念事業委員会

校名及校舎の変遷
明治三年三月
郷学校
普済寺に開校
明治五年八月
耦頴学舎
学制発布により改称
明治八年三月
柴崎学校
令達により村名に改称
明治十一年四月
校舎新築
柴崎村 沢 校地 四七六坪 建坪 六四坪
明治十四年四月
立川学校
村名改称により校名改称
明治二十年四月
尋常高等立川小学校
高等科併置による改称
明治二十二年一月
校舎増築
二階建一九坪二合五勺
明治二十五年三月
立川尋常小学校
高等科廃止による改称
明治二十八年四月
立川尋常高等小学校
再び高等科併置
明治三十二年七月
校舎増築
平屋建二一坪
明治三十五年四月
校舎増築
二階建三一坪五合
大正三年十月
校地移転新築
現立川第一小学校の地

昭和三十三年十一月三日 建之

リンク

立川市立第一小学校
普濟寺

地図

地図

東京都立川市柴崎町4丁目 付近 [ストリートビュー]