教育 発祥の地 (穂別和泉)
きょういくはっしょうのち
日高本線 鵡川駅から北東に約30km、むかわ町穂別和泉の和泉小学校跡地に大きな自然石の碑が設置されている。
むかわ町立和泉小学校は、アイヌの子弟の教育機関として明治28年(1895) に開校し、時代によって様々な変遷の後、和泉小学校となり、平成21年(2009) に閉校、稲里小学校とともに穂別小学校に統合された。
揮毫は原芳弘と刻まれており、穂別町長のことと思われる。
穂別町は平成18年(2006) に隣接する鵡川町と合併し、むかわ町となった。
写真
碑文
教育発祥の地
原 芳弘書
碑文
和泉小学校のあしあと
明治二十五年来住した和人によりアイヌの子弟を小石川シラマオクの家に集め、寺子屋式教育が始められた。同二十八年六月中村平八郎、森本イカシモ、紀藤昆次郎、横山武右衛門、川口菊藏、各氏等が校下有志の協力を得て公立の新校舎を完成、鵡川尋常小学校累標分校として創立、これが和泉小学校の発祥となる。
同三十四年累標尋常小学校として独立。
同四十年十月旧土人保護法による指定校となり昭和十六年四月和泉国民学校と改称、同十八年高等科併置、同二十二年公立泉中学校併設、幾多の変遷を経て先人教育者の不滅の努力により、千八百余名の卒業生を世に送る。ここに先人教育者に感謝を捧げ開校百周年を迎えたことを明記する。
“出よ出よ大いなる人 この地より”平成七年九月三日
和泉小学校開校一〇〇周年記念協賛会
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