近代火山学 発祥の地「有珠山」

きんだいかざんがくはっしょうのちうすざん

 北海道有数の観光地、洞爺湖の南側にある エコミュージアム1977火山遺構公園(有珠郡壮瞥町字壮瞥温泉76-17)に保存されている三恵病院廃墟前に、発祥の地の由来を説明した説明看板が設置されている。

 有珠山の噴火では、明治43年(1910)の時点で噴火前に住民を避難させる事前避難に成功しており、この伝統は今に続いている。直近の平成12年(2000)の噴火でも、北海道大学の有珠火山観測所の岡田弘教授(当時)の警告で素早く住民や観光客を避難させて町をロックアウトし、人的被害をゼロに抑えている。

 500mほどの距離にある洞爺湖の南岸の いこい荘(壮瞥町壮瞥温泉83)の隣地境界付近の道道2号沿いには地味な看板が立つ。また1.5kmほど北西には北海道大学理学部 附属有珠火山観測所が設置されている。

写真

  • 三恵病院廃墟
  • 近代火山学発祥の地「有珠山」
  • 三恵病院廃墟

碑文

近代火山学発祥はっしょうの地「有珠山」
Basic Milestone of Volcanological Observation

 有珠山の1910年噴火では東京帝国大学の大森房吉おおもりふさきち教授はみずか試作しさくした地震計を現在の壮瞥町そうべつちょう字壮瞥温泉に設置するなど、継続中の噴火の科学的観測を精力的せいりょくてきに進めました。
 この結果、多数の地震とともに長く連続した振動しんどう火山性かざんせい微動びどう)を世界で始めて記録するなど火山学に多くの新しい知見ちけんがもたらされました
 これらをもとに大森教授は翌1911年に「大噴火の予知は場合によってはひどく困難こんなんな問題ではない」と述べ、噴火予知のために基礎的な観測を連続して行う火山観測所の設立せつりつ提言ていげんしました。こうして有珠山は近代火山学発祥はっしょうの地となったのです。

At the 1910 eruption of Mt. Usu, Prof. Fusakichi Omori, a pioneering volcanologist, conducted comprehensive scientific observation of the ongoing eruptive activity. A large number of volcanic earthquakes and a continuous seismic signal, later he named “Volcanic Tremor” were detected near the creater for the first time in the world.
Based on this observation and successful predition efforts, Prof. Omori became confident for the future prediction; “I believe the problem of prediction of great volcanic erptions is, in some cases, not very difficult” (Omori, 1911) and hence he proposed “establishment of a colcano observatory” through which continuous monitoring and basic reserches will be conducted.

直前の噴火予知と避難の成功
The First Successful Prediction and Timely Precautional Evacuation

 1910年噴火当時の室蘭警察署長であった飯田誠一氏は、この噴火の数年前に大森房吉教授の講義を東京で受けていました。飯田署長は地震が有珠山周辺で頻発している知らせを受け、噴火の一日前までに有珠山から12km以内の住民約1万5千人を避難させました。
 噴火は真夜中に起こり、集落には噴石、降灰がありましたが、住民はすでに避難していました。これは科学的な根拠に裏付けされた事前避難が遅滞なく行われ、噴火予知と避難に成功した世界最初の事例と言えます。

When a series of felt earthquakes jolted the area, the head of Muroran District Police Station, Mr. Sei-ichi Iida rushed to the area and conducted timely evacuation of the ca, 15,000 people within 12km from the vilcano. One day after the completion of the evacuation, the eruption started at midnight.
Ejected rock fragments and ash demolished nearby settlement, but luckily nobody remained there. This was the first successful predictionof volcanic eruption in the world. Mr. Iida had a necessary knowledge from the lecture given by Prof. Omori years before, and did not hesitate to challenge mitigating volcanic hazards.

  • 1910年=明治43年

地図

地図

壮瞥温泉 付近