雪ダルマ 郵便小包 発祥の地

ゆきだるまゆうびんこづつみはっしょうのち

 
調査:
2019年10月(写真 まさ・なち さん)
2015年12月(写真 まさ・なち さん)

地域の特産品を郵便局なりに選定して全国の郵便局等から注文できる「ふるさと小包」。夏と冬にお中元やお歳暮として利用されることもあるようだ。

このふるさと小包として、雪だるま型の発泡スチロールに雪を詰めて商品化したのが早来(はやきた)郵便局(安平あびら早来はやきた大町148-4)。真保(しんぼ)生紀(せいき)局長(当時)が地元の産品でのふるさと小包を企画したが、アサヒメロンやとうもろこし等は生産量が不安定。そこで雪だるまを送ることを発案し、昭和61年(1986)に登場。平成9年(1997)には早来雪だるま郵便局と局名ごと改称された。その後、平成19年(2007)に郵政公社が郵政グループ会社になったあおりで食品以外のふるさと小包が禁止される。平成22年(2010)に早来雪だるま郵便局とハヤキタユキダルマカイ(真保(しんぼ)生紀(せいき)代表)のタイアップ事業として復活し、胆振管内でのみ受付を再開、現在に至る。

平成7年(1995)に、雪だるまふるさと小包10年を記念して、郵便局裏手の南西道路に面した敷地内に雪だるまのオブジェを戴いた発祥碑が設置された。普通に白い雪だるま像だったが、後になって日本郵便レッドに塗り替えられている。平成27年(2015)12月には実際に白いゆきだるま像が確認されているので、地域性も考えると翌春以降に白く塗り替えられたと考えるのが自然である。

発祥の地プレートを正面に見て、左脇には碑文と「運勢のスイッチ」、右側には「雪だるまロマン」の歌詞のプレートと「曲のスイッチ」が取り付けられている。運勢のスイッチを押すと、周囲の民衆にもわかるくらいの大音量で運勢を知らせてくれ、曲のスイッチを押すと、当然のように「雪だるまロマン」を聞くことができる。いずれも雪だるまの頭部がくるくる回転する。

歌詞碑のテイストが違うのは、後年追加されたからとみられる。

なお、発祥碑の周囲の小だるまや、正面玄関脇に平成10年(1998)12月に設置された道内初の特殊ポストである雪だるま型ポスト、建築物としては全国初の特別住民登録された屋根上のオブジェ(平成17年(2005)12月登録)などは赤色に塗り替えられていない。

発祥碑の道路をはさんだ向かい側の屋根に雪だるまを戴き「真保」と表示のある家は、かの真保氏宅とのこと。よく見ると、植木にもイルミネーションの支えとなりそうなフレームが架けられており、雪だるまにさぞかし情熱を注ぎ込んだのだろうと感じられる。また、早来駅前等にも雪だるま像が多数設置され、雪だるまで町おこしをしているところだということがわかる。

雪だるま小包は、真保氏のご家族が経営する会社でも受け付けられている

参考:【えべナビ!】江別・野幌 情報ナビ



改めて まさ・なち氏から、2015年に撮った、まだ白かった時代の写真を戴いたので追加した。

写真

  • 雪ダルマ郵便小包発祥の地 (2015)
  • 雪ダルマ郵便小包発祥の地
  • 雪ダルマ郵便小包発祥の地
  • 早来雪だるま郵便局
  • 雪ダルマ郵便小包発祥の地

碑文

雪ダルマ郵便小包
発祥の地

早来町長 柴田勝治

「雪ダルマ郵便小包発祥の地」記念像

昭和六十一年(一九八六)十二月、全国に先がけ当局においてふるさと小包「雪ダルマ」の取り扱いを開始。以来、日本全国各地をはじめ遠くは南米ペルー、東南アジア各地へと北海道の冬のロマンとして約3万5千個を送り続け、早来町と郵政事業のPRに資してきた。
今季十シーズン目を迎えるに当たり、発祥の地として建立する。


平成七年十月吉日
第五代早来郵便局長 真保 生紀

協賛
早来町
早来町観光協会
早来町商工会
JAはやきた
ハヤキタユキダルマカイ
雪だるまロマン

作詞 伊藤 恭子
作曲 久保田 衛
歌唱 水島 健二郎

雪の妖精 小さな町を 白い世界に 染めてゆく
空を見上げて おじさんは 雪を知らない 子供たち
都会(まち)の子供に 美しい 白いだるまを届けたい

息を吹きかけ 凍える手から 白いだるまが 生まれてく
君と初めて 出会うため 君の笑顔に 会いたくて
夢を届けに きましたと 白いだるまの ポストから

雪のだるまは 小さな町で
命輝き おじさんの 愛にあふれた セールスマン
握手出来ない 僕だけど 遠い国へも 旅をして
ロマン運んで 懸け橋に

平成二十八年十月

地図

地図

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