教育 発祥の地 (むかわ春日)
きょういくはっしょうのち
平成16年(2004) に閉校となった春日小学校。校門左手に石碑が建つ。
むかわ町春日190-2
木造平屋建ての校舎は取り壊されてすっかり形が無い。
写真
碑文
教育発祥の地
鵡川町立春日小学校
明治二十一年、鵡川西岸コタンの実力者であった大川原カチャシヌは、子弟を鵡川教育所に通わせたいと考えたが、一帯のヨシを分けて川伝いや沼沢、湿地の踏みつけ道路八キロを通学する子どもの苦労を考えると、とうてい実現できそうもないことであった。
その後、大川原カチャシヌは、青森県人戸谷森盛男を教師にむかえ、部落の男女青少年を集め、自宅の一室で私塾を開いた。筆紙などの乏しい時代で手にはいらず、小箱に砂を盛って、その砂に小枝や箸などで砂文字を書かせた「砂箸式教育」であった。
明治二十五年には、正式に勇払郡萌生村萌生小学校と称し、十五人の在籍を有していたことは明らかである。
教育功労者大川原カチャシヌの没後、部落民はよくその志を継ぎ、学校の環境整備には全部部落民が労力奉仕をおしまず、子弟の教育に万全をつくした。
校舎周辺の桜樹は来る春毎に爛漫と咲き誇って、その美しさは先人の奉仕をしのばせている。
この地で百十余年の児童教育がおこなわれ、八百五十五名の卒業生を世に送り出した。
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