厚真の米作の発祥

あつまのべいさくのはっしょう

画像求
撮影:
どなたか見てきてください!

日高本線 鵡川駅から道道10号を北へ9.8km、豊かな丘公園(勇払郡厚真町豊丘)の豊丘マナビィハウス近くに平成6年(1994) に設置された大柄な開基百年碑がある。その副碑に米作の発祥について語られている。

厚真町における稲作の始まりは、明治25年(1892) のこと。当時、野安部(現在の豊丘地区)に入植した富山県人 小坂伊次郎と佐賀県人 島井平市が種籾を持ち込み、水稲の栽培を試みた。当 豊丘地区は、町内で初めて「赤毛」と呼ばれる品種の試作が行われた地域である。

すぐ近くのはらっぱには、水田発祥の地碑が建つ

北海道内の発祥の地碑として数多く水田発祥の地が数えられるが、《北海道「水田発祥の地」記念碑》という書籍が発行されるほどである。

写真


碑文

開基百年

平成六年十一月吉日

厚真町長 藤原正幸
揮毫

碑文

明治二十五年四月 小坂伊次郎 外十数名が この地に無願入地し厚別産の赤毛の種籾で 水稲の試作をしたのが豊丘開拓の始まりであり また これが厚真の米作の発祥でもある
明治二十七年 岡田孤鹿が この地一帯の払い下げを受け農場を開き 同二十九年 小作者三戸の入地を期に 入地者は増加しつづけ さらに開墾がすすめられて 集落が形成されるに至った
先駆者は うっ蒼と生い茂る原始林を切り拓き 厳しい労働と飢えと寒さに遭遇した その開拓の苦労は想像を絶するものであった 辛苦に耐え 逞しい開拓精神をもって 豊丘発展の礎を築かれた この先人の偉業に対しては あらためて深い感謝と敬意の念を持つものである
その後の後継先輩の幾多の苦難とのたたかいと 様々な変遷を経て 私たちが稔り豊かな ふる郷を安住の地とできるまでの発展を見るに至ったのである
ここに開基百周年の大きな節目を祝い 先人の尊い遺徳を偲び 遺訓を後世に伝え さらに二十一世紀における飛躍的な発展の願いを込めて 地域住民の総意により 記念碑を建立する

 平成六年十一月吉日

豊丘自治会

地図

地図

勇払郡厚真町豊丘 付近 [ストリートビュー]