石和温泉 発祥之地

いさわおんせん

中央本線 石和いさわ温泉駅の南西側。温泉宿が建ち並ぶ地域を抜けると急にパチンコ店が建ち並ぶ博打通りに早変わり、通りに面したウインズ石和(笛吹市石和町窪中島1017-1)門前に石碑が建つ。

ここは元は小松遊覧農場があった場所。水害、開墾と頑張り、温泉が出るのではと様々な調査を自費で行い、周囲からの嘲笑をよそに開削まで自費で行った小松安則。念入りな調査が功を奏したか、1956年(昭和31年)豊かな温泉が湧き出るに至った。

戦後の高度成長期、レジャー施設 小松遊覧農場がオープンし、ローマ風呂や遊園地が人気を博した。喜劇 駅前怪談のロケ地にもなったがついに閉園、1985年(昭和60年)には唯一足湯のある場外馬券場としてウインズ石和が開業した。組織としての小松遊覧農場は現在は業種を転換して続いている。

写真

  • 石和温泉発祥之地
  • 石和温泉発祥之地
  • 石和温泉発祥之地 背面
  • 石和温泉発祥之地 背面 碑文

碑文

石和温泉發祥之地

恵林寺會元書

明治四十年の大洪水により一朝にして砂礫の河川と化し去った笛吹川河川数百二十余町歩に亘る荒地に挑み自然の障害と世人の誹謗とを克服して開墾の鍬をふるった故小松導平翁は石和町一帯の地形を按じ地層を驗劾夙に地下の有力な温泉源の存在を看破し將來石和町を一大温泉郷たらしめようとの夢を抱きつ、雄圖空しく昭和十三年六十一歳をもって不皈の容となるしかし當時翁を扶けて開墾に従事した翁の子息小松安則は父の遺志を継承し開墾事業を完成するや更に温泉探索に着手し昭和三十年農林省より落合技官をまた慶應大学より地質学者等を招聘し自費を投じて電波探知機等による地質調査を行った結果確信を得世人の嘲笑軽蔑をよそに安則氏耵有の石和町窪中島一、〇一七番の一地内に温泉掘鑿の工を起し遂に昭和三十一年十二月摂氏三十一度湧出量一日三万六千石(石和町保健所調査)という大量の温泉湧出に成功石和温泉出現の端緒を開いたのであった今日發展途上にある石和温泉郷の將來に思いを致す時この小松家父子二代にわたる智と財と更に不撓不屈の精神力こそ石和町發展の爲の大いなる礎として深く感銘せざるを得ない耵でありこれを後世に傳えて永遠にその功績を讃える次第である

昭和三十八年八月吉日

石和町第二十一代町長    後藤道夫 撰文
小松遊覧農場初代取締役社長 小松安則 建之

地図

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笛吹市石和町窪中島 付近 [ストリートビュー]